ミャンマー情勢を注視する中国—人民元の「南飛」が切り札に—
2012年07月02日
(米国との関係)
メディア報道も含め、各種中国語サイトを「ミャンマー(缅甸)」でサーベイすると、容易に類推できるところだが、中国内では、政治外交面で、米国とインドの動向がとりわけ注目されていることが明らかである。米国とミャンマーの接近については、言うまでもなく、ミャンマーがこれまでの中国依存から早急に脱却しようとしていること、また米国には、地理的にきわめて重要なところに位置するミャンマーでの中国の影響力を抑えようとする意図があることは明らかとの懸念を示す一方、ミャンマーと米国を始めとする西側諸国との関係が改善し、西側諸国が制裁を解除することは中国にとっても歓迎すべきこと、ただし(具体的には何を指すのか不明だが)、ミャンマーが中国や米国との関係を軽率に処理し、綱渡り的な危ない外交をしようとすると(走鋼絲)、ミャンマーは中国からの援助を失い、さらには米国からのしっぺ返しも受けることになって、竹籠で水をすくう(竹籠打水一場空)ように、努力が無駄になるだろうとする(2011年12月付全球議事庁戦略網)。中国外交部副部長は、米国は、長らくミャンマーとの関係を断ってきた後に、今になって接近しようとしているが、なぜそうした方針転換をするに至ったのか説明をする必要があるとし、中国は、ミャンマーを含めいかなる国との関係においても、米国の利益を排除するようなことを目的とはしておらず、米国も同様の精神であることを希望すると述べている(4月25日付多維新聞)。
(インドとの関係)
インドについては、特に5月末、インド首相が25年ぶりにミャンマーを訪問したことに注目、西側地域にカシミール問題やアフガン情勢などを抱える中、インドが唯一国境を接する東南アジア国ミャンマーとの関係改善に動いていることを、「西向政策」から「東向政策」への大きな戦略転換であり、その動機は、東南アジア地域への影響力拡大に加え、同国の経済成長を支える天然資源の確保であると見る。ミャンマーにとっても、インドとの関係改善は、その外交戦略の幅を広げ、国際的な圧力を緩め、さらにはインドからの援助も期待できることから、両者の接近は、要すれば、両国の政治的必要性から必然的に生じたものと捉えている。そしてこうしたインドの動きは、間違いなくミャンマーに対するインドの影響力を高める一方、その他の大国のミャンマーでの影響力、東南アジア地域での発言力を弱めることになること、中国は既に経済協力関係を深化させてきている一方、米国は関係強化を急いでいるが、地理的に見るとインドが最も有利ではないかとみている(5月29日付文汇網、上海社会科学院国際関係研究所研究員論評、および27日付人民網ニューデリー電)。総じて見れば、建前上は、ミャンマーと西側諸国や近隣インドとの関係改善が進むのは結構な事としつつ、ミャンマー・米国等西側諸国双方に対して一定の牽制をしていくというスタンスであり、また特にインドとミャンマーの関係強化には、その影響について重大な関心と懸念を持っていることがうかがえる。
(ミャンマーの対外経済関係に占める中国の位置)
ミャンマーの対外経済関係と、その中での中国の位置は現状どうなっているのか?ミャンマー商工会議所の資料によると、外国投資法(1988年に制定、現在全面改正中で、既に外資の土地利用と為替関係については、先行して緩和・改善の通知が出されている)に基づき、467の外国企業が12の分野に総額407億ドル投資している(2012年4月末時点)。このうち、中国(含む香港)は72社203億ドル(うち香港が38社63億ドル)と最大、次いでタイ61社96億ドル、韓国49社29億ドル、英国52社28億ドル、シンガポール72社18億ドルなどとなっており、投資先分野別では、電力46%、石油天然ガス35%、鉱物資源7%、製造業4%、観光・レストラン3%等となっている。Global Observer(北京を拠点として、在北京の各国大使館等のネットワークを基に情報発信している中国語サイト)によると、中国の直接投資も、電力、石油天然ガス、鉱物資源の上位3分野に集中しており、インド同様、資源確保の目的が強いことがわかる。
(南に向かう人民元国際化)
ベトナムと国境を接する広西省、ベトナムに加えミャンマーやラオスとも国境を接する雲南省を中心に、両省国境付近の人民元圏化が進んでいる。2010年7月、人民元貿易決済の試行地域が20の省・自治区等に拡大された際、両省も試行地域とされた(その後2011年に全国に拡大)。また海外地域の規制も撤廃され、ベトナム、ミャンマー、ラオスも人民元決済が行える対象となった。広西省では、特にベトナムとの人民元辺境貿易をにらんで、中国工商銀行の人民元決済センターが南寧市に設置され、また雲南省では、昆明が辺境貿易の金融サービスセンターとして位置付けられてきたが、2012年5月、昆明に加え、ミャンマーとの国境に近い徳宏州瑞麗次区が、ミャンマーとの辺境貿易拡大のため、もうひとつの金融センターとして稼働を開始した。これらは、人民元国際化の南に向かう動き(人民元の「向南」・「南飛」)の加速として、中国内で紹介されている。もともとこれら地域では、非合法の街角両替商や地下銀行(地下銭庄、地摊銀行)を通じての辺境取引が年間30億ドルあまりあったと言われており、また雲南省のある調査では、同省に、2009年末時点ですでに、国境付近に居住する外国人の人民元口座が40万口座以上、残高40億元以上存在していたとの調査もある(2011年5月8日付瞭望新聞週刊)。そして、これらのおかげで、当該地域のビジネスが発達したと肯定的に評価されてきた。しかし非合法であることは間違いなく、ホットマネーが地下銀行を通じて流入し、違法なマネーが地下でマネーロンダリングされる危険性、地下相場(黒汇)が横行している等の問題点も指摘されてきた(以上、2011年11月金融世界、10月17日付雲信網等)。
以上、ミャンマー情勢と中国の関係について、政治外交的側面と経済的側面に分けて見たが、もちろん中国にとって両側面は一体である。ミャンマーの西側諸国等との関係改善につき、表向きは結構な事としつつも、本音ベースでは、ミャンマーとこれまで築いてきた密接な関係、さらにはアセアン地域全体に対する影響力が弱まるのではないかとの懸念を有しており、これを如何にして維持・拡大していくかを、中国は大きな課題と認識している。そして、中国にとって人民元の「南飛」は、人民元香港オフショア市場と並んで、人民元の区域化・国際化をさらに進める突破口であると同時に、ミャンマーをめぐる国際情勢の変化に対応する切り札でもある。
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