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チャイナ・プラスワン2.0

2011年06月15日

伊藤 嶺

ここ数年、「チャイナ・プラスワン」としてASEAN諸国が少なからぬ注目を集めてきた。主として中国に生産拠点を持つ日本の製造業が、賃金上昇やストライキ頻発など労働事情の悪化を背景に、中国一国集中では何かとリスクが高いと認識し始めたことが大きい。JETROの調査(2010年)によると、中国におけるワーカーの月額賃金は北京で約380ドル、上海で約300ドル、大連で約220ドルなどとなる。一方ASEAN諸国では、ジャカルタ(インドネシア)が約150ドル、ハノイ(ベトナム)が約100ドル、ヤンゴン(ミャンマー)が約20ドルなど、確かに中国の主要都市に比べ低い水準にあるようだ。

しかし以上の賃金水準の格差を以って、中国からASEAN諸国へ生産拠点の移転が進むとするのは早計ではないか。その根拠として、かつて日本から中国へ生産拠点の移転が進んだ時とは労働事情が大きくが異なることが注目に値する。1990年代に日本企業の中国進出がブームとなった際には、中国と日本の月額賃金格差は30~40倍、金額にして2,500ドルを大きく超えるものであった。そのため、日本企業は今日に至るまで長らく中国で低賃金による利得を享受できたともいえる。要するに他に障害となりそうな事情があっても、それを補っても余りある魅力的な労働市場を当時の中国は抱えていた。

一方、現在の中国とASEAN諸国の月額賃金格差は、ミャンマーは例外として5倍程度に留まるし、何よりも金額ベースの格差が中長期的に持続するほど顕著なものとはなっていない。例えば、現時点では北京(380ドル)とハノイ(100ドル)の賃金格差は約4倍の開きがあるが、金額の差は300ドル以下に留まる。仮に、ハノイの賃金が年率20%で上昇すると7、8年で現在の北京の賃金水準に追いつき、年30%上昇したとすればその期間は5年となる。実際、ベトナムは毎年5%以上の実質GDPの成長と10%前後のインフレを続けており、年率30%は言い過ぎとしても20%の名目賃金上昇は十分現実的なものである。

仮に現在の北京の賃金水準を基準にして企業がハノイに進出するならば、そのメリットを活かせるのはせいぜい7、8年程度となる。さらに、ASEAN諸国のインフラは中国に比べて整備水準が低く、実際の事業展開で物流等に係る追加コストが発生、低賃金によるメリットが大なり小なり相殺されてしまう危険性も否めない。結果として企業が低賃金のメリットを享受するのは、実質的により短い期間に過ぎない可能性がある。低賃金を主要因として中国からASEAN諸国へ生産拠点を移す単純なチャイナ・プラスワン(=チャイナプラス・ワン1.0)は、必ずしも企業にとって得策になるとは限らないのである。

ところが、別の視点でみるとチャイナ・プラスワンに大きな意義が見えてくる。ポイントは将来の最終消費市場としてASEAN諸国を捉えるか否かである。これまで、中国で生産を行う製造業の多くは欧米や日本などの先進諸国を主な市場と想定してきた。しかし、2015年にも世界のGDP総額の過半を新興国が占めると予測(世界銀行予測)されるなかで、総人口が6億人に迫るASEANの潜在的魅力は非常に大きなものとなろう。つまり、製造拠点としての中国の代替のみならず、将来の有望消費市場と捉えた重要なビジネス拠点という意味で、チャイナ・プラスワンは極めて重要な選択肢ということになる。

今後、様々な地域や国々でFTA(自由貿易協定)が締結され、物流など国境を跨ぐ事業遂行に不可欠なインフラ整備が進めば、ASEANを生産拠点とする企業からみて中国やインドは巨大な消費市場として最重点地域になること請け合いだろう。場合によっては中東地域までを有望市場としても良いのかもしれない。また、今般の東日本大地震及び一連の被災を契機に、多くの日本企業は国内外を問わず生産拠点のポートフォリオを見直し始めている。まだその趨勢は見えないが、国境に縛られず経済圏の枠組みをどう捉えるかという視点から、アジア地域がその重要スコープに入ってくることは間違いなかろう。「チャイナ・プラス2.0」の姿を想像するのに、まずは大きな世界地図を広げてみるのは如何だろうか。


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