縫製業だけではない カンボジアにおける製造業の可能性

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日本を含む先進諸国企業の海外進出において「チャイナプラスワン」、「タイプラスワン」などが提唱されて久しい。少なからぬ企業でこうした製造拠点の分散によりリスクヘッジを模索する動きがある一方で、自国への投資を呼びかける国もある。カンボジアもその一つだ。
 ただ、カンボジアの製造業とはその大半が縫製業関連企業なのが実情で、その存在感は縫製業のGDP寄与度から一目瞭然だ。すなわち2002年から2016年の15年間の年率平均成長率5.9%だが、製造業全体の寄与度は2.0%pt、うち縫製業の寄与度は1.8%ptとなっている。輸出額の約7割を縫製品が占めている点もカンボジア経済における影響の大きさを裏付ける。
 一方で縫製業以外の製造業プレゼンスは小さく、国内外の投資もほとんど目立たない。GDP寄与度で見ても、縫製業以外の製造業は0.2%ptにすぎず、縫製業の盛り上がりとは極めて対照的だ。

縫製業以外の製造業の投資が盛り上がってこなかった要因として、カンボジアにおける人件費と電力環境、そして人材の水準といったボトルネックを指摘せねばなるまい。
 JETROによるとカンボジアの2017年の一般工職の月額賃金は175ドルであり、この水準はカンボジアと共にCLM国と称されるラオス(月額賃金140ドル)やミャンマー(同124ドル)に比べると割高感が否めない。最低賃金の引き上げ政策が背景にあるのだが、ドルで見た過去5年間の年平均上昇率も16%と3か国で最も高い水準だ。
 また、カンボジアは電力需要を国内で賄うことができず一部を隣国からの輸入に依存、これが高額な電気料金を招く要因となっている。停電の発生をはじめとして電力供給も不安定であるため、これは製造業にとって操業上の大きな問題となる。
 さらに、カンボジアはかつての内戦の影響で高学歴人材が獲得しにくい状況が続いた経緯がある。そのため、人材に一定以上の教育水準が求められる製造業の進出は容易でなく、縫製業という労働集約産業への傾倒がより顕著とならざるを得なかった可能性も高い。

このように製造業の進出を妨げる障壁の存在が否定できない一方で、隣国タイにある産業集積地へのアクセスの良さを利用した製造業誘致の可能性には目を向けるべきだ。というのも、カンボジアが位置する大メコン圏には、ベトナムからカンボジアを経由しタイまでをつなぐ南部経済回廊が整備されている。この南部経済回廊を利用することで、首都プノンペンからバンコクまで約12時間、タイ国境近くの経済特区からは約5時間で行くことが可能だ。タイのバンコク周辺には、自動車部品や電子・電気機器製造業が集積しており、日系企業の進出も多い。サプライヤーと製品の販売先をタイの集積地に求めれば、関連した産業のカンボジア国内への誘致は現実的なものとなろう。
 特にタイ側において、人の手による労働集約型の製造をシフトせざるを得ない状況が出てきたことは見逃せない。タイでは一般工の賃金が1ヵ月あたり約340ドルとカンボジア以上に高騰しているが、労働者の間で単純労働を忌避してより付加価値の高い仕事を求める傾向が強まっているようだ。これに対応して、タイの製造業の中には、労働集約的な工程を他国へ移管したり、高度な製造技術を要しない部品を他国から調達するなどの動きがある。カンボジアにおいて労働集約型製造業を誘致することは、このようなタイの製造業の事情に合致した企業ニーズを満たすことになるのではないか。

以上に加え、電力供給面のボトルネックなども数年のうちに解消に向かうとの見通しである。中国資本を中心にカンボジア内の電力部門への投資が盛んとなっており、現在数ヵ所の発電所の建設が進められているためだ。実際、既に同国に進出している日系企業の間では、数年後には電力の安定化・低価格化が実現するという共通の認識が持たれている。
 カンボジアは人口1,500万人程度の小国ではあるものの、若い労働力を提供するのに比較的余裕のある魅力的な国とみることが十分可能だ。特に、既にタイへ進出している製造業や、タイへ部品・材料を提供する企業にとって、カンボジアへの進出は一考の価値がある、と強調しておこう。

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