ベトナムの新首相と経済改革の行方

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  • コンサルティング第一部 コンサルタント 柄澤 悠

ベトナムへの外国直接投資(FDI)が好調だ。ベトナム統計総局によると、2015年のFDI認可額は262億ドル(前年同期比12.5%増)で、2013年以降、200億ドルを超える水準をキープしている。2016年に入っても3月20日までに新規・追加投資額は約40億ドルにのぼり、前年同期比で2.2倍に増加した。背景には、韓国サムスン電子によるスマートフォン関連事業への大型投資や、TPP(環太平洋経済連携協定)などの経済連携による輸出面での優位性を期待した縫製・履物などへの投資が増加していることがある。特に米国向けの輸出増に対する期待は大きい。2016年2月に正式署名されたTPPが発効すれば、これまでFTAが未締結であった米州各国における関税が引き下げられる。輸出の7割超をFDI企業が占めているベトナムでは、引き続きFDI企業による輸出が経済成長の重要な役割を果たすと考えられる。


貿易の自由化や対外直接投資の活用は、前首相のグエン・タン・ズン氏が積極的に進めてきたものである。2006年以降10年近く首相を務めた中で、2007年WTO加盟、2009年日越経済連携協定(JVEPA)、2015年5月ユーラシア経済連合・ベトナム自由貿易協定(EEUVFTA)署名、12月韓越自由貿易協定(KVFTA)発効、EU・ベトナム自由貿易協定(EVFTA、2018年発効予定)最終合意、2016年2月TPP署名などを実現してきた。特にTPPは、自由貿易のメリットがある一方で、国内産業が打撃を受けるという懸念から反対派も存在した。また、米国など先進国を中心とした枠組みであることから、参加国の中でも最も発展段階が低いベトナムにとって、協定上要求される水準に達するのは容易ではない。同協定で定められたルールをベトナムが遵守するためには、国内法制度の整備などが急速に進められる必要がある。それでも参加に踏み切ったのは、反中派で米国との協力関係を重視してきたズン政権が米国との関係強化の意思表示をしたとの声もある。


このように改革派とされるズン氏が退任する。次は共産党の最高指導者である書記長に就任すると期待されていたが、急激な改革推進、対中関係で強硬な姿勢をとってきたこと、権力の集中が党内の保守派から懸念されたこともあり、2016年1月に行われた第12回の共産党全国代表者大会において候補から外れた。一方で、グエン・フー・チョン書記長は留任が承認され、4月には国家主席、政府首相が新たに選出された。新首相には、元副首相のグエン・スアン・フック氏が就任し、同9日より新内閣が発足している。


ベトナムでは共産党の書記長、国家主席、政府首相に権限が分散されており、共産党指導部の主要人事により主な政策が変更されることはない見通しである(※1)。ただし、フック新首相は内政と外交のバランスを重視する穏健派とされており、次期指導部では改革のペースは落ち着くものと予想されている。これまで、大きな目標はあるが具体的な方策が明確にされず、政策に対して十分に成果を挙げられていないと指摘されることもあるベトナムだったが、TPP参加などが外圧となり、国内改革を実現しなくてはならない状況に立たされている。新体制により、スピードは緩やかになっても確実に改革が進むことが期待される。


(※1)政治的な権力は、共産党の運営方針や政府の政策立案を決定する「政治局」の序列にならうため、党の最高者である書記長が実権を握る。序列第2位の国家主席は大統領の位置づけであるが、人民軍の統治を除き実権はなく、首相と比べると権力は劣る。序列第3位は首相であり、政府の長である。

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