ミャンマー:金融包摂の今

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  • シニアコンサルタント 高橋 陽子

国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、2030年までの達成目標として金融包摂(financial inclusion)の実現が掲げられている。2015年末にASEAN経済共同体が発足し、6億人の経済圏として注目されるASEAN諸国だが、そこに暮らす人々の金融アクセスには課題が多い。金融サービスの主な拠点となる商業銀行の支店数は、2014年に全世界人口10万人あたり13.5店であったところ、ASEAN全体では9.4店であった(図表1)。 同じく、銀行口座保有率は全世界で62%であったところ、ASEAN全体では50%にとどまった(図表2)。またASEAN諸国では、銀行口座を保有する者であっても、給与受取では7割、公共料金支払いでは9割が現金での取引を行っていた(※1)。金融機関の利用が進まない理由として、金融インフラ近代化の遅れに加えて、長年の政府や銀行に対する不信により、主要な取引が現金に依存している点も指摘されている。こうした状況の改善を目指し、ASEANでは金融包摂に関するワーキンググループが設置された。特に後発国のミャンマーについては、2014年に国連資本開発基金の協力を受けた金融包摂実現のためのロードマップが発表され、モバイル・バンキングの活用を通じた金融アクセスの改善を推進する方針が掲げられている。


ミャンマーは1980年代に2度の廃貨を経験し、2003年には取り付け騒ぎに端を発する銀行危機が発生するなど、長年に亘って政府や銀行に対する国民の不信が醸成されてきた。このため現金主義が社会に深く根付いており、現金取引は個人間の少額のやり取りに限らず、乗用車等の高額商品購入や企業間の取引にも及ぶとともに、インフォーマルな金融サービスの利用も盛んである。こうした背景に加え、総人口の約7割が居住する農村エリアでは、近接する銀行の支店までの所要時間が平均1時間半という調査結果もあるように、物理的な制約も存在している。IMFのデータでは、ミャンマーにおける商業銀行支店数は人口10万人あたり3.1店で、これはスーダン(3.1店)と同程度、アフガニスタン(2.5店)を少し上回る低水準であり、世界で最も金融機関へのアクセスが悪い国の一つである(図表1)。


そこで近年同国で普及が目覚ましい、携帯電話を活用したモバイル金融サービスに期待が寄せられている。民政移管以降の開放政策および2014年の外資キャリア2社の参入が契機となり、携帯電話契約件数は2011年に100人あたり2.4件だったところ、2014年には49.5件となった。固定電話回線やインターネット回線が伸び悩む中、携帯電話は歴史的なスピードで普及している(図表3)。2016年1月、国営通信会社Myanmar Posts and Telecommunicationは、3月末までに同社ネットワークの人口カバー率が95%を達成することを発表した。大多数の国民が暮らす農村では、固定電話回線のような従来型通信インフラの整備が遅れる中、携帯電話が唯一の情報プラットフォームとなっている。


2013年末のモバイル・バンキング指令の公布から2年が経過し、モバイル金融サービスは銀行主導で提供されてきた。2014年には、携帯電話を利用した少額の決済サービス提供も始まった。中でも、利用ニーズが高い送受金や支払いに特化したプリペイド型の事業者の中には、急速にその拠点数を伸ばしているものもある。2015年に入ると電子マネー事業者に関する規制緩和に関する議論も本格化しており、通信キャリアをはじめとした事業者の裾野拡大が見込まれている。新政権の担い手である国民民主連盟も、特に農村地域における注力ポイントとして金融アクセスの改善を掲げている。フォーマルな金融サービス提供の窓口として、銀行の支店などを通じた従来型金融サービスの拡充と並行して、モバイル技術の積極的な活用により、金融包摂が進展することが期待される。

ASEAN各国の人口10万人あたり銀行支店数(2014年)
ASEAN各国の銀行口座保有率(2011年・2014年)
ミャンマーにおける主な情報通信指標(2011年、2014年)

(※1)全世界ではそれぞれ5割、8割。
(参考文献)
The General Assembly of United Nations, Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development, 2015年9月18日
Myanmar Posts and Telecommunications “MPT STRENTHENS ITS LEADERSHIP WITH LARGEST 3G NETWORK IN MYANMAR” 2016年1月28日
International Telecommunication Union “Measuring the information society Report 2015” 2015年11月発表
The World Bank, “Global Findex2014”
(ミャンマーについては、2014年9月~10月にかけて実施。1,000人に対するサンプル調査。チン州、カチン州、カヤー州を除く)
公益財団法人 国際通貨研究所 五味 佑子「ASEAN 経済共同体の進捗状況 ~銀行セクター統合の最近の取り組みを中心に~」2015.07.14 (No.20, 2015)
UNCDF, “Myanmar Financial Inclusion Roadmap 2014-2020”
Myanmar Business Today “Red Dot Expands to 10,000th Store in Myanmar” 2016年2月1日

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