ASEAN諸国の保健医療格差の解消に向けた日本の貢献

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  • シニアコンサルタント 高橋 陽子

2015年のASEAN経済共同体の成立に向けて、多くの課題が指摘されている。中でも、シンガポール、タイ、マレーシアのような中進国またはASEAN6(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)と、CLMV諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)と呼ばれる発展途上国の間では社会経済格差が依然深刻であり、その是正は共同体の成否を左右する要因のひとつとして認識されている。ここ数年のCLMV諸国の政情安定化と、一連の経済改革の成果による高い成長率により、中期的に若干の経済格差縮小が見込まれるものの、社会指標の内、特に保健医療分野については二極化が著しい。


具体的には、中進国では自国民向け医療整備はある程度進展し、外国人向け医療サービスが活況となっている一方、CLMV諸国では基礎医療の未整備が深刻である。例えば、図表1に示した乳幼児死亡率では、マレーシアが千人当たり5人、タイが同11人と、日本の1970~80年代の水準を達成している一方、CLMV諸国のベトナムでは同19人(同1960年代水準)、その他3ヶ国では同40~50人(同1950年代水準)であった。また妊産婦死亡率では、インドネシア、カンボジア、ミャンマーは10万人当たり200人以上という高い数値を示しており(同1930~40年代水準)、ラオスに至っては470人と高く、これは同年のアフガニスタンと同水準であることからも、保健医療水準の低さが際立っている。また人口千人あたりの医師数では、タイ、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーの5カ国、病床数では、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーにおける不足が見て取れる。


続いて、総医療費(総保健医療支出)の対GDP比で見てみると(図表2)、東アジア・太平洋州の平均は6.8%であるが、ベトナム以外のASEAN諸国が平均を下回る水準にあることが見て取れる。この傾向は、シンガポールやブルネイのような一人当たりGDPが高い国においても同様である。


1年間の1人当たり医療費支出の比較では(図表3)、東アジア・太平洋州の平均が336米ドルであったが、シンガポール(2,286米ドル)、ブルネイ(993米ドル)、マレーシア(346米ドル)の3ヶ国では同水準を上回っていた。一方、CLMV諸国ではベトナムが95米ドルで、フィリピン、インドネシアとほぼ同水準であったものの、カンボジア、ラオス、ミャンマーでは同平均を大幅に下回る水準となった。


図表4は一人当たりGDPと総医療費に占める公的医療費の割合の分布を示したものである。総医療費に占める公的医療費の割合は、東アジア・太平洋地域平均で67.6%であったが、CLMV諸国およびインドネシア、フィリピンの6ヵ国は同水準を下回っていた。CLMV諸国では保健財政が不安定であるため、人材、施設、医薬品の不足等が深刻化し、中でもマラリア、結核、HIV/エイズといった3大感染症の予防、治療の手段が絶対的に不足している。


一方、民間医療費支出に占める自己負担の割合では(図表5)、東アジア・太平洋地域平均で72.9%であったが、CLMV諸国のうち、特にベトナムで93.3%、ミャンマーで92.7%と高い自己負担比率を示している。医療費の自己負担のバランスについては様々な議論があるが、一人あたりのGDPが低い国における自己負担率の高さは、所得格差による医療アクセスの不公平を意味し、また病気をきっかけに貧困に転落するリスクと、貧困から脱却する機会を逸失し易い状況にあることを示している。


その他、ベトナムでは感染症を克服しつつあるものの、生活習慣病の罹患数が増加しているという報告もあり、またタイでは急速に高齢化が進展しており、福祉施策の拡充に迫られている。こうしたASEAN諸国の多様な保健医療ニーズの現状に対して、日本をはじめ、域外諸国政府は従来の開発援助に加えて官民連携スキームでの取組みを本格化させている。日本の技術力やサービスはASEAN諸国でも信頼を集めているところではあるが、実際に民間企業の事業特性+ノウハウと現地ニーズがいかに合致するか、また官民連携のシナジー効果を発揮できるか、十分に見極めることが重要である。

図表1:ASEAN諸国の保健医療の現状
図表2:1人当たりGDPと総医療費の対GDP比の分布(2011年)
図表3:一人当たり医療費と総医療費の対GDP比(2011年)
図表4:一人当たりGDPと総医療費に占める公費負担の割合の分布(2011年)
図表5:一人当たりGDPと総医療費に占める公費負担の割合の分布(2011年)

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