様変わりした中国の中秋節

~月餅商戦の真の勝者は誰か~

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  • マネジメントコンサルティング部 主任コンサルタント 張 暁光
去る2011年9月12日、中国大陸における今年の中秋節(名月の中秋祭)は、約1ヶ月余りの月餅商戦の終了で幕を閉じた。約7,000社の月餅生産業者と十数億人にも上る消費者の参加で大いに賑わい、月餅の販売量30万トンと生産高167億元はともに史上最高を記録した。

中国で約40年間、中秋節を経験してきた筆者は、一人の消費者として、その時々の社会風習にも従いながら、これまで月餅ギフトをたくさん贈り、またそのお返しをたくさん頂いてきた。しかし、昨今見られる街中の商戦ムードや月餅の贈答様式には、些か疑問を感じざるを得ない。果たして中秋節のための月餅なのか、それとも月餅のための中秋節なのか、判然としなくなっているからだ。結局、筆者も月餅を美味しく賞味したり、名月をじっくり楽しむことはできなかった。寧ろ、中秋節の過ごし方はいつ頃からこのような雰囲気になってしまったのか、茫然としているのが正直なところである。

中国では、漢の時代に家族と友人が集まって中秋の名月をのんびりと楽しむ風習ができ、明の時代に名月を観賞しながら月餅をおやつにする習慣が定着した。その後、時代の変化に伴い、作り方こそ全国で広式(広東風)、京式(北京風)、蘇式(蘇州・上海風)を主とする流派に分かれたが、いつの時代も月餅はあくまで名月を楽しむ時の自家消費用のお菓子だった。そして、お月様の美しさに陶酔しながら、一時的に日常を忘れて親族たちと一緒にお月様のように透き通った純粋なひと時を過ごすのが、中国人の伝統的な中秋節の過ごし方であった。漢詩「海上生名月,天涯共此時。(海上 名月を生じ、天涯 此の時を共にする-張久齢)は、正にそれを表現している。

しかし、千年以上にも及ぶこの伝統は、近年の社会経済の急激な変化に伴って大きく変容し、すっかり中国の市場経済の渦間に巻き込まれている感がある。もともと単なるお菓子に過ぎなかった月餅が、それぞれのニーズに応じた利益獲得のための魔法のツールへと化しているのだ。本稿では、この不自然とも言える現象の大きな特徴として、以下の3点を指摘したい。

1. 生産業者の乱立及び乱入

月餅の生産業者は、概算で中国全土に約7,000社あり、大きく次の4つに分類できる(図表1参照)。Ⅰ類目は、昔からそれぞれの地域に根ざしている老舗の名店系である。例えば、北京の稲香村、上海の杏花楼、南京の冠生園がこの類に属する。これらの店は、歴史的な伝統を持ちながらも商品コンセプトが時代遅れの傾向にあるため、結局、「商品一流、パッケージ二流、価格三流」となっている。従って、一般市民には親しまれるものの、贈答品には向いていない。Ⅱ類目は、この十数年間に中国に進出した外資系を中心とした高級ホテルのブランド系である。これらは、自前の商品ノウハウや製造機能は持たないが、委託生産した月餅にホテル名称のクレジットを付し、一流のパッケージと価格で販売する。多くが中秋節贈答用に使用されており、ここ数年急速にシェアを伸ばしている。Ⅲ類目は、外資の飲食関連ブランド系である。具体的には、ハゲンダーツ月餅、スターバックス月餅などがある。ファッション・パフォーマンス的なものが多く、若い消費者に大人気を博している。Ⅳ類目は、小規模で多数存在する無所属のゲリラ業者である。商品品質、業者品格ともに信用力が低く、農村地域をメインに販売している。以上、4分類される生産業者から、今や約1,800種類もの商品ブランドが誕生しており、月餅の販売市場は常に混戦状態となっている。

2. 値段が高いほど味が不味い

上記4分類のうち、最も値段が高く、味が不味いのは高級ホテルのブランド系月餅である。それでも何故売れるのかというと、中国人の「面子」が働いているためである。高級ホテルのブランドがあり、更には豪華パーケッジ付きのため、ギフト商品としては取り敢えず第一の選択肢となるのだ。では何故不味いかというと、次のような理由に拠る。高級ホテルのブランド系月餅は、殆どが外部業者に大量生産を委託する必要がある。しかし、卓越した製造機能をもつ老舗の名店が、期間の短い月餅商戦に応戦するために、ホテルからの生産依頼を受託するようなことはしない。よって、認知度の低い生産業者が高級ホテルの生産委託先になるケースが多くなる。その結果、生産段階ではローコスト・ローグレードだった月餅が、豪華パーケッジとホテルブランドのプレミアムを乗せて最終的には高価で売り出されているのだ。極端な場合、パーケッジ代が月餅自体のコストの6倍程度になる例もあるという。既に1次消費者(贈る側)の一部はこの実態を把握しているが、食べ物としての中身より贈り物としての形式を重視する社会風習にホテル側が便乗しているのが実情のようだ。加えて、2次消費者(贈られる側)も徐々に実態を認識し始めており、ギフトとして受け取った月餅を食べずにまた別の誰かに転送贈答するという、いわば月餅転送ゲームまで繰り広げられている有り様である。

図表1:分類別に見た月餅生産業者の特徴
  Ⅰ類目 Ⅱ類目 Ⅲ類目 Ⅳ類目
味覚 中~上
パッケージ 普通 豪華 普通~豪華 普通
値段 低~中 中~高
(出所)大和総研(上海)作成

3. 月餅商戦の勝者は誰か

毎年、月餅商戦期間は約6週間に亘るが、上述した4種類の生産業者以外の関連業者は、包装印刷業者、物流業者、月餅引換券の売買を主とするダフ屋、そして消費者である。今後、消費者の間で月餅の転送贈答ゲームがさらに活発化すれば、いつ、どこで、誰が月餅の最終消費者になるか、ますます想像が付かなくなるだろう。月餅商戦の中では、各関連業者はそれぞれの立場で相応の利益を獲得し、勝者になることができる。しかし、本来、月餅商戦のサービスを享受すべき立場にあるのは消費者である。その消費者が月餅商戦を通じてどの程度の満足感を得られたか、若しくは犠牲を払ったかの視点は置き去りにされているように思えてならない。経済の急成長とともに様変わりした中国の中秋節に展開される月餅商戦は、いったい誰のための戦で、真の勝者は誰なのか、深く考えさせられてしまう。そして、そうした様相を目の当たりにするにつけ、純粋に名月と月餅のコラボレーションを嗜んでいたかつての中秋節がとても懐かしく感じられるのである。

図表2:月餅の売上高推移


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