日本貿易振興機構(ジェトロ)上海センターが実施した「在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査」(2010年10月版)によると、アジア・オセアニア諸国に進出している日系企業は、雇用・労働面の問題点として「従業員の賃金上昇」(79.6%の企業が問題点として指摘。複数回答)に次いで「人材(スタッフ・ワーカー・技術者)の採用難」を2番目に大きな問題点として捉えている(64.9%)。

近年、中国ではワーカーの確保が難しくなっており、旧正月で故郷に里帰りするワーカーをいかに職場に戻らせるか、が大きなテーマの一つとなっている。お土産を持たせ、地方ごとに専用のバスを仕立ててワーカーを送り出すなど、努力の様子がニュースの特集などでしばしば紹介されている。

このようなワーカー確保の問題は、タイやベトナムなどASEAN諸国でも発生していることが、現地に進出している日系企業に対し我々が行ったヒアリングからも明らかになっている。これらの国々でも、都市部では既に工場用地が埋まり、人件費や地代の上昇もあって、地方への工場進出が進んでいる。これまで、家族を離れ、都市部の工業団地で操業する外資企業に「出稼ぎ」に出ていたワーカー達の中には、故郷近くに工場が設立されれば、そちらで働くことを望む人たちが多い。ベトナムでも、旧正月(テト)に故郷に帰りそのまま離職してしまうワーカーを少しでも減らすため、テト前後に2回に分けてボーナスを支給したり(戻って来ないとボーナスの残りは手に入れられない)、社員旅行や忘年会など様々なイベントを実施して会社を好きになってもらう工夫をする企業が多い。また、福利厚生の一環として支給する昼食の中身によって離職率に違いが出るとして、献立に心を砕く企業も多い。一方、ミャンマーのヤンゴンの場合、ワーカー向け住宅の不足や交通手段が限られることなどから「出稼ぎ」や遠方からの通勤者が少なく、上記の国々とは別の要因で局所的なワーカー不足となる傾向も出始めているという。

これらの国々ではスタッフやエンジニアの採用難はワーカーよりも深刻で、後進の企業が即戦力として採用するのは極めて難しい。高賃金を提示して他社から引き抜くか、大学の新卒者を採用し、時間をかけて育成する必要がある。また、スタッフなどは都市部に集中しているため、地方に進出する企業の場合には、その確保が更に難しい。スタッフや現地化を見据えたマネージャー候補として、日本での留学者の採用や、既に中国に拠点があれば、中国での育成、場合によっては中国人人材の活用も選択肢の一つと考えられる。ただし、外国人を管理者として投入する場合には、ワーカーの感情に対し、相応の配慮が必要である。

玉川寛治著「製糸工女と富国強兵の時代」(新日本出版社)では、1920年頃の日本の製糸工場のワーカー募集の状況が以下のように示されている。「製糸工場の雇用期間は一年を原則とし毎年更新する必要があった」「工女の募集競争は、製糸業、紡績業、製織業の規模が拡大するにともなって激化」し、1年の雇用期間を終えてワーカー達が故郷へ帰る際にも、次年の雇用確保のため「製糸工場の募集担当者が引率し、次年度の募集の関係があるのでできるだけ親切に送り帰した」という。現代の中国やASEAN諸国での状況とそっくりである。虱に悩まされた当時の日本の「工女」達と、携帯電話を持ち、スクーターに乗って颯爽と通勤する現代のワーカー達とでは全く状況は異なるものの、企業側の苦労はあまり変わっていないようだ。


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