豊富な労働力と安価な人件費を求めて、日系企業は製造拠点としての中国に活路を求め、過去20年間に多くの製造子会社を設立した。近年では日本市場の成長が鈍化する一方で成長著しい中国市場に活路を求めて、中国子会社に販売機能を持たせて事業拡大を図っている。製造業以外でも、中国市場に活路を求めて販売子会社等を設立している。


そのような事業環境の中で、中国子会社は事業拡大のスピードに見合った会社運営が求められている。設立当初、売上高や従業員数等も比較的小さな規模で始まった中国子会社は、事業拡大に従い設備投資を行い、従業員数も増やし事業を急速に拡大している。


しかし、日本本社と中国子会社の各々の役割や権限が不明瞭なまま事業運営を行ってきた事により、指示・命令・報告事項が混乱し、適切な意思疎通や情報伝達が困難になり、最終的には日本本社と中国子会社間の適切な意思決定が円滑に行われなくなる傾向もある。それはグループ経営上好ましくない事態であり、グループとしての企業価値が毀損している可能性がある。


ここにおいて急速に拡大し続ける中国子会社に対し、日本本社は両社の役割や権限を見直し、グループとしての企業価値を高めるべく適切なガバナンスを中国子会社に対して行うことが必要になってきていると言える。


中国子会社に対するガバナンスは、以下の5つの枠組みで行うことが考えられる(図表1)。

図表1:中国子会社に対するガバナンスの枠組み

財務の視点は、資金の流れをコントロールすることにより、中国子会社に対するガバナンスを実現する視点である(図表2)。中国子会社は、日本本社から出資された資本を元手にして事業を行なう。投資等で支出を伴う場合には、日本本社から承認をとり、利益がでれば配当で還元する。このような一連の資金の流れに対する両社の明確な権限付けや決裁プロセスを策定し、そのルールに則って事業運営を行うことを日本本社がモニタリングする。

図表2:財務の視点

人事の視点は、人事権を掌握することにより、中国子会社に対するガバナンスを実現する視点である(図表3)。中国子会社は、日本本社から選任・派遣された董事や高級管理職を通じて事業を行う。このように派遣された中国子会社の董事や高級管理職の選任・評価・報酬に関し、両社の明確な権限付けや決裁プロセスを策定し、そのルールに則って事業運営を行うことを日本本社がモニタリングする。

図表3:人事の視点

戦略の視点は、中国子会社の戦略策定プロセスの管理を通じて中国子会社に対するガバナンスを実現する視点である(図表4)。日本本社はグループ全体としての戦略を達成するために、中国子会社にグループ方針・戦略等を周知させ、グループ方針・戦略等の共有化を図る。次に、戦略を中国子会社に策定させるために、両社が日常業務レベルで協議しながら策定し、最後に策定された中国子会社戦略を親会社が承認する。

図表4:戦略の視点

リスクマネジメントの視点は、リスクマネジメントを通じて中国子会社に対するガバナンスを実現する視点である(図表5)。グループ全体のリスクマネジメントは日本本社の重要な責務である。中国子会社内のリスクを把握し、優先度合いが高いリスクに対して対策を講じる。講じられた対策の多くは、業務フローや社内ルールとなって運用される。それらが適切に運用されているかどうかをチェックするのが、監査である。

図表5:リスクマネジメントの視点

業務管理の視点は、日常業務上の管理を通じて中国子会社に対するガバナンスを実現する視点である(図表6)。販売・ブランド戦略や訴訟、広報、CSR、経理業務等の日常業務の流れに対する両社の明確な権限付けや決裁プロセスを策定し、そのルールに則って事業運営を行うことを日本本社がモニタリングする。

図表6:業務管理の視点

以上ガバナンスの5つの視点の枠組みに基づき策定した両社の明確な権限付けや決裁プロセスは、例えば、本社・中国子会社間職務権限表等の管理規程に明示し、整備・運用することが望まれる。


このような日本本社と中国子会社間の明確な権限付けや決裁プロセスの策定は、時間や労力を要し、両社にとって業務上の負担になる可能性がある。しかしながら、このことは本社と中国子会社間の役割や権限の中長期的なあるべき姿を見直すきっかけ作りや、業務の見直しにも繋がり、本社と中国子会社間の円滑な事業運営を将来的には円滑にし、グループとしての企業価値の向上に繋がるものと考える。更には、明確化された一連のルールは人治経営から組織経営に変え、人事異動を容易にし、来るべき中国子会社の現地化も容易にするものと考えられる。



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