信用膨張から見た中国バブルの一考察

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  • コーポレート・アドバイザリー部 主任コンサルタント 田代 大助

中国における銀行貸出の増加が止らない。2010年1・2月の新規貸出合計額は2兆1,000億元(対2009年名目GDP比6.4%)となり、わずか2ヵ月間で通年目標である7兆5,000億元(同23%)の約3割に達した。2010年2月末現在の貸出残高は42兆元(約555兆円)を突破、前年同月比で27.23%とまさに急増している状況だ。中国政府は、人民元高が輸出に与える悪影響を懸念して事実上の通貨安政策を採っている模様だが、その外貨買い人民元売り(非不胎化)介入に伴う資金供給量の増加と相まって、国内の過剰流動性の高まりに拍車がかかっている。そして、その一部が株式や不動産等に流入していると見られ、強烈な資産バブルが醸成されているとの懸念が高まる一方である。


このため2010年3月の全国人民代表大会(全人代)では、積極的な財政政策と適度な金融緩和政策の継続が確認されたが、不動産価格の上昇に関して中国政府も警戒感を強めている様が明らかだ。実際、不動産開発業者の土地購入や個人が住宅を売却する際の免税条件に関する規制等が昨年来強化されている。加えて、中国人民銀行が、貸出抑制策として大手銀行に対する預金準備率引き上げを今年に入り既に2度実施している。各種報道によれば、2010年3月の新規貸出額も1兆元に達する可能性があり、近い将来に3度目の預金準備率引き上げも視野に入りつつあるようだ。


ここで過剰流動性発生の持続可能性を実体経済との対比から考えてみよう。図表1は、主要な先進国、ASEAN諸国ならびにBRICs諸国における預金取扱機関が供与した信用(政府向け・地方公共団体向け・民間向け)の名目GDPに対する倍数の推移を示したものだ。銀行等の預金取扱機関による貸出や有価証券保有の拡縮は、マネーストックの増減要因である。従って、この数値が概ね横ばいであれば、実体経済の成長に見合った流動性が供給されていることになる。逆に対名目GDP比で急激な上昇トレンドにある場合、実体経済の成長を超えるマネー、つまりバブルの根源にもなりうる余剰資金が市場に流通していると見ることができる。この観点からすると、2008年後半以降、世界同時金融危機への対応で各国とも資金供給量を増加させたものの、全体として信用供与/名目GDP率は緩やかな上昇に止まっていることが分かる。その中で、2009年における中国の急上昇ぶりは際立っており、前年比で見た場合でも、他のBRICs諸国を圧倒して大幅なプラスに転じている(図表2)。


中国では2003年頃にも同様に、銀行貸出増大を背景とするバブル懸念が台頭し、過熱気味だった投資を抑制するための金融引き締め策が2008年前半にかけて段階的に実施された。その結果、中国における当該期間中の信用供与/名目GDP率は前年比でマイナスが続き、同じ成長著しいBRICsの中で不動産投資ブームに沸いた2007年頃のロシアをはじめ、前年比プラスで安定推移していた他国とは対照的な動きを示していた。しかし、リーマン・ショック直後の急速な金融緩和への政策転換により、わずか1年あまりの間で2003年以降5年間のマイナス分を一気に取り戻し、再び主要先進国の平均を超える水準にまで達するまでに信用創造が行われたことが分かる。勿論、これだけで崩壊後の事態収拾が困難なほど高水準のバブルが発生しているか判断するのは容易でないが、金融危機後の事態収拾に四苦八苦する国が少なくない先進諸国と比肩する水準にまで信用膨張が進んだ事実は、中国のバブルが警戒水域に入った1つの目安になるのではないか。


目下の中国は、2010年内には日本を抜く経済規模にまで高度成長する過程の真っ只中にある。その成長を上回るペースでの資金供給急増の継続は、投資や投機に回る余剰資金の膨張が、かつてのバブル経済を演出した日本の信用膨張が崩壊後に数多くの問題を招来した状況の相似形として写るのは筆者ならずとも誰しも感じるところではないか。事実、上昇が続く中国各都市の住宅価格は、既に平均年収からして購入に耐えうる水準を大きく上回る場合も珍しくなく、住宅取得を巡って多くの社会問題を引き起こす原因ともなりつつあり、この状況が長期間継続するとは考え難い。また、足元では各物価指数も大きな上振れ気配を見せ始めており、高いインフレ懸念も再び頭をもたげ始めている。信用膨張に併せて一定のインフレはむしろ好ましい面も否定できないが、低所得層をはじめ社会全体の影響を考えると高いインフレはやはり許容し続けることは難しい。以上の状況から考えて、中国ではもはや更なる金融引き締め追加策や元切り上げ容認による膨張資金の吸収が避けられない状況に近づいているともいえそうだ。


ただ、預金準備率は既に過去のピークに近い水準にあり、引き上げ余地がそれほど大きく残されている訳ではない。また、政策金利をはじめ金利水準の引き上げも、むしろ人民元とペッグしているドルとの内外金利差からキャリートレードマネー流入や人民元高を誘発し、短期的には余剰資金の一層の膨張を招く可能性がある。一方で人民元の切り上げは、輸出産業に少なからず打撃を与えることとなり、実体経済成長の足かせになりかねず、それこそ失業問題など大きな社会問題を誘発するリスクが高まる。正に「あちらをたててれば、こちらがたたず」という難しい舵取りを迫られた局面といえるが、結局のところ巷間指摘されているように、金融引き締めと元切り上げのタイミングをうまく計りながら段階的にバブルの芽を摘み取り、その間に外需主導型から内需主導型へと経済構造の転換を図るしか傷の浅い処方箋はないというのが現実なのかもしれない。


中国政府は、共産党一党支配という特有の政治体制から、他国(民主主義国)よりも迅速な政策の転換や決定を可能とする強みを持つ。アジア通貨危機や一昨年の金融危機の際も、その迅速な意思決定と対応が功を奏して高成長を維持してきた。中国政府が、日本をはじめとするバブル崩壊を経験した各国の過去の事例を踏まえて適切な対応措置を採ることができれば、バブル懸念がソフトランディングという形で問題を収斂させることもあり得る。


しかしながら、共産党一党体制は政変に端を発する経済の地盤沈下に脆い一面もある。改革開放以来の約30年を見ても分かるように、経済成長の大きな下落は、いずれも内部紛争の勃発などを背景とする政府首脳の失脚時に起こっている。華麗な経済発展を遂げた現在にあって、そうした政治的側面が経済に及ぼすリスクは以前と比較して小さくなっていると考えられるが、深刻化する格差や腐敗に関する問題など火種が完全に消えた訳ではない。単なる金融経済的な観点だけでなく、社会的な情勢に絶えず目を配らせていく姿勢も他国以上に求められる。中国経済の盛衰は今や、世界経済に与える影響も甚大なものとなっているだけに、その政策展開から今後も目が離せない。

(図表1)預金取扱機関による信用供与/名目GDP率
(図表2)預金取扱機関による信用供与/名目GDP率の前年比


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