ポピュリズムとエリート主義のあいだ

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2016年12月26日

  • 永井 寛之

2016年はまさに政治の季節であった。そして、Brexitや米大統領選挙でのトランプ氏の勝利など、格差社会の不満を吸い上げたポピュリズムが世界を席巻した1年であったといえる。そのような中、微笑みの国と言われるタイでも目下政治の季節の渦中にある。今年8月に新憲法の承認をめぐる国民投票が行われて、新憲法案は可決され、そして、2017年末には民政復帰の総選挙が行われる予定である。では、タイもポピュリズムの波に飲み込まれるのか。

ばらまき政策により、低所得者層である農業従事者を支持基盤としている大衆迎合的なタクシン元首相の一派が政権を奪取することは考えにくい。たしかに、都市部との拡大した格差への不満を救い上げるタクシン派への人気は非常に高い。しかし、現政権は新憲法案を軍事政権に有利なように整備することで、タクシン派を巧妙に排除することを狙っている。従来の下院の選挙制度では大政党が誕生しやすい小選挙区比例代表並立制が採用されており、選挙に滅法強いタクシン派には有利な制度であった。そこで、新憲法では多くの政党に票が振り分けられる小選挙区比例代表併用制を採用することで、タクシン派の単独過半数の獲得を困難にするものとした。また、新憲法では軍人などの非民選議員の首相就任を容認している。そして、上院議員は軍の支配下にある国家秩序平和協議会によって任命され、新たに首相指名選挙の投票権が与えられる。つまり、新憲法では軍の意中の人間を首相に選ぶことのできるようなシステムとなっている。タクシン派の返り咲きを防ぐような現政権の振る舞いは非民主主義的で決して褒められたものではない。非民主的な軍事政権とポピュリズム的な政党のどちらかという究極の二択を選択しなければならない総選挙の結果は何かしらの遺恨を残しかねない。国の安定の要となっていたプミポン国王が10月に崩御したことは様々な問題を引き起こすかもしれない。特に、強引な政治運営はタクシン派の不満をさらに高め、社会情勢や政局が不安定化することが考えられる。ポピュリズムとエリート主義で国論が2分され、その対立も深刻化し、政治が流動的となっている。しかし、これはタイ固有の問題ではなく、全世界的に直面している課題である。国政をめぐる問題の本質は何処も同じだと考えさせられる年の瀬である。

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