過剰生産能力削減

~国有部門の縮小で収益性向上も~

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2016年12月01日

国家統計局によると、2015年末時点の中国の粗鋼生産能力は11億2,688万トン、同年の粗鋼生産量は8億383万トンであり、3.2億トン以上の過剰生産能力を抱えていた。中国政府は2020年までに1億~1.5億トンの生産能力を削減し、2016年は4,500万トンを削減する計画である。9月末時点で4,000万トンが削減されたと発表され、今年も目標を超過達成する勢いである。

いつもここで疑問視されるのが、生産能力が本当に「削減」されたのか、それとも「一時的な操業停止」にすぎないのか?という問題である。

11月の現地取材でも見方は二分された。今回は中国政府の本気度が違うとみる向きは、①中央財政が1,000億元の特別奨励金・補助金を拠出し、過剰生産能力解消に取り組む企業の従業員の再配置・再就職支援に重点的に充てるなど、財政からのインセンティブを付与すると同時に、②国務院の調査チームが中央政府から派遣され、能力削減がきちんと実施されているかを調査し、違反が発覚した場合は、企業のみならず地方政府の担当者が処罰されるなど、中央政府から地方政府に強いプレッシャーがかけられている、③9月上旬に開催されたG20杭州サミットでは、鉄鋼等の過剰生産能力問題に対する一層の取り組みについて合意するなど、過剰生産能力削減は国際公約化している、など政策の実効性強化を重視している。

一方で、現場を知る人々からは別の声が聞かれた。例えば、「中央・地方政府は国有企業にはグリップが効いているが、民間企業に対するグリップは弱い」「ある地方の鉄鋼の町を定点観測しているが、1年前には閉鎖されていた民間製鉄所がこの春から再稼働していた」といった指摘である。中国聯合鋼鉄網によると、鉄鋼価格が急上昇した4月下旬にかけて、全国で68ヵ所の溶解炉(推定5,000万トン分)が生産を再開したという。

結局のところ、政府のグリップが効きやすい国有企業を中心に、過剰生産能力はある程度「削減」されるが、民間企業は多くの場合「一時的な操業停止」にとどまっているのが現状なのかもしれない。しかし、これはこれで悪い話ではない。中国の粗鋼生産は、国有企業と民間企業がほぼ半々であるが、国有企業の過剰生産能力削減がしっかりと実施され、「ゾンビ企業」が市場から撤退すれば、民間企業のウエイトが高まることになる。「ゾンビ企業」とは、技術や経営能力が低く、商品・サービスが需要を満たせず、赤字経営が続く企業、環境保護に適応していない企業など、本来ならば淘汰されているはずであるが、社会保障を目的に延命されている企業のことである。「ゾンビ企業」のほとんどが国有企業であり、民間企業はそうなる前に潰れてしまっている。

業界再編といえば、国有企業の大型合併が注目されるが、リストラが伴わなければ収益性は改善しない。先日の宝山鋼鉄と武漢鋼鉄の合併では、生産能力は削減するが、雇用は維持されるという(グループ内での配置転換が行われるのだろう)。優勝劣敗が徹底される民間企業は生産・雇用面でフレキシブルな対応が可能であり、収益性が相対的に高い。収益性の低い国有部門の縮小は、業界全体の収益性向上につながり得る点でプラスに評価されよう。もっとも、鉄鋼業界は中小の民間企業が乱立しており、スケールメリットを享受できていないところが多い。望ましいのは、国有企業の大型合併ではなく、民間企業の合併等による大規模経営化なのである。

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齋藤 尚登
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経済調査部

経済調査部長 齋藤 尚登