2016米大統領選:世論調査はなぜ外したか—「隠れトランプ支持者」仮説にも疑いが—

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2016年11月28日

米国大統領選挙での敗者は、ヒラリー・クリントン氏だけではない。全米の世論調査担当者もそうだ。ごくわずかな例外はあるが、ほとんどの世論調査がクリントン氏優勢と報じていたことは皆が知っている。世論調査の外れ方はランダムではなく、同一の方向だったこともあり、これまでに確立された統計手法の信頼性が大きく揺らいでいる。

2012年米大統領選挙で全50州の勝者を的中させたことで信頼を勝ち取った世論調査サイト“FiveThirtyEight”(大統領選挙人総数の538にちなむ)などで行われている大統領選の結果分析を見ると、今回の選挙の特徴として、「誰に投票するか未決定」と答える有権者が非常に多かったことが、世論調査を誤らせた一因であるようだ。投票日直前まで未決定と答えるのは、通常3%程度であるところ、今回は12%を超えていたという。未決定が3%であれば仮にクリントン氏4:トランプ氏6で投票したとしても、全体ではネットでトランプ氏に0.6%上乗せするだけだが、未決定が12%なら2.4%の上乗せとなる。2.4%の差異は、勝敗を覆す可能性が十分だ。よく言われる通り、「隠れトランプ支持者」が相当いたからこそ、今回の一見意外な結果につながったとの分析だ。とはいえ、未決定と答えた有権者が共和党候補、民主党候補のどちらにどれだけ投票するかは、なかなかつかみ難いのも事実だ。

しかし、この「隠れトランプ支持者」仮説には、疑問が呈されている。実際の投票でのトランプ氏支持が世論調査を大きく上回ったのは、もともとトランプ氏優位な州が多く、そのような場所で暮らしていればトランプ氏支持を隠す理由はないはずだ。また、世論調査に対して真意を隠すのは、若年の高学歴層が多いという経験則に従えば、マサチューセッツ州やニューヨーク州といった高学歴層が多い州で、トランプ氏の得票が大きく伸びるはずだが、そうなっていない。世論調査の誤りは、共和党支持層の大きさを過小評価したことと、共和党支持層内でのトランプ氏支持率を低く見積もるという、ありがちなミスが重なったからだという指摘もある。

世論調査が特に大きく外したと考えられているのが、ヒスパニック系の中でのクリントン氏支持率だ。投票前の調査によるとクリントン氏は前回のオバマ大統領再選時よりも、ヒスパニック系から強く支持されていると言われていたが、どうもこれが不明確なようだ。出口調査の結果でもトランプ氏が予想以上に票を得たとの調査もあるし、有権者に占めるヒスパニック系比率が9割を超える地区の開票結果を見ると、クリントン氏は前回のオバマ氏よりも10%ポイント程度票を失っているところがあるという。人口が急増しているヒスパニック系の動向を捉えられなかったことは、今後の世論調査の信頼性にも関わる問題だ。

一方、クリントン氏の選挙対策本部では、投票日の直前にFBIによってeメール問題が蒸し返されて、クリントン氏支持への熱意が削がれたことが敗因であると分析している。FBIの調査再開声明以来、世論調査ではトランプ氏の勝利確率を上げてきたが、クリントン氏優位の判断は維持された。世論調査はeメール問題の影響を過小評価していたのかもしれない。

ところで、実は世論調査は当たっており、確率的表現の読み方を知らない人が外れたと騒いでいるだけという言い方も可能だ。選挙終盤で、例えばFiveThirtyEightでは、クリントン氏71.4%:トランプ氏28.6%、ニューヨーク・タイムズは、同85%:同15%と、トランプ氏勝利の余地を残した予想だった。考えようによっては、かなり大きな可能性を世論調査は認めていたということだ。もっとも、98.2%でクリントン氏勝利と予想した世論調査もあるし、やはり外したという印象は動かし難く思える。

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執筆者紹介

政策調査部

主席研究員 鈴木 裕