監査報告書の拡充(長文化)

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2016年08月17日

  • 吉井 一洋

昨年の大規模な不適切会計事件以来、会計基準以上に会計監査が注目されだしている。2016年7月15日には、金融庁主催の「監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会」の第1回が開催された。同じく金融庁主催の会計監査の在り方に関する懇談会が同3月にまとめた提言「会計監査の信頼性確保のために」では、監査法人のマネジメントの強化のための施策として「監査法人のガバナンス・コード」を挙げており、当該有識者検討会での議論はこれを受けて開始されたものである。

3月の提言は、「会計監査の内容等に関する情報提供の充実」の一環として「監査報告書の透明化」も提言している。監査報告書の改善に向けては、既に、国際監査基準(ISA)を設定するIAASB(国際監査・保証基準審議会)が2015年1月に6本の新しいISAを公表している。新しいISAでは、監査上の主要な事項(KAM)を監査報告書に記述することを求めている(※1)。KAMとは、「当年度の財務諸表監査で最も重要な事項」であり、監査法人・公認会計士が外部監査人として企業のガバナンスの責任者(監査委員会の委員など)とコミュニケーションを行った事項の中から決定される。対象年度の会計監査において、虚偽表示等(虚偽記載や誤謬)のリスクが高い項目として、監査法人・公認会計士が多大な注意を払って監査をした項目といえる。新基準ではKAMに関して次の1~3の記載を求めている。

  1. 財務諸表に関連する情報が開示されている場合は、その情報への参照
  2. 当該事項が監査にとって重要であり、KAMであると判断した理由
  3. 当該事項に対する監査上の対応

既に英国では、類似の制度が、2012年10月1日以後に開始した事業年度から導入されている。英国の制度の場合は、さらに、監査法人・公認会計士が、会計監査を行う上で重要性を判断する際の具体的な数値基準についても開示している。

英国のFRC(財務報告協議会)が実施した調査によれば、監査上のリスクの高い項目として挙がっているのは、のれんの減損、税効果、収益、資産の減損、引当金、年金など、経営者の判断や見積もりが関与する度合いの高い項目である。

監査報告書へのKAMの記載について、財務諸表利用者はIAASBの議論の過程で好意的なコメントを寄せていた。経営者が重要な判断を行った領域を理解することができる、コーポレート・ガバナンスの責任者と議論する際の足がかりとなる、監査法人・公認会計士に究極的な顧客が投資家等であることを思い起こさせる、監査の信頼性を高めるといった効果などがメリットとして挙げられていた。

もっとも、KAM自体は、財務諸表利用者が企業分析(利益予想等)を行う上で直接役立つ情報ではないと思われるし、監査上のリスクの分析はアナリストや機関投資家の本来的な業務ではない。また、監査報告書は、財務諸表やその注記において詳細な記述のない項目について追加的に開示をすることを目的とはしていない。財務諸表利用者からすれば、経営者の判断や見積もりの要素の多い項目については、まずは財務諸表や注記で十分な開示が行われた上で、改善された監査報告書で監査上のリスクを確認するといったことが望まれよう。

KAMについて、冒頭で述べた有識者検討会での検討項目には入ってないようだが、3月の提言で挙げられている以上、わが国でも今後何らかの検討は行われることが予想される。今後の議論の動向が注目されるところである。

(※1)新基準は2016年12月15日以後に終了する事業年度から発効するが、わが国はまだ受け入れていない。

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