暑い夏の電力小売市場

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2016年07月26日

  • 大澤 秀一

多くの家庭は夏に電力消費(電気料金)のピークを迎えるため、いわゆる新電力(小売市場に新規参入した事業者)が今春から営業している自由料金メニューへの関心が一層、高まると思われる。言うまでもないが、従来の電力会社も自由料金メニューを用意しており、どちらがお得か冷静に比較する必要はある。因みに、向こう3か月(7月~9月)の気温は、東・西日本と沖縄・奄美で高く、北日本では平年並か高いと見込まれている(※1)

家庭の小売市場はこれまで10地域ごとに電力会社が独占してきたわけだが、先月(2016年6月)末時点で新電力に契約先を変更(スイッチング)した家庭は約126万件(2.02%)と少数にとどまった。電気はライフラインの一つなので拙速な変更を避けているだけなのか、あるいは、2014年央からの原油安を背景に、電力会社の電気料金(規制料金メニュー)が低下しているので安堵しているだけなのかは不明だが、ほとんどの家庭は様子見ということである。

新電力へのスイッチングが進んでいるのは、東京、名古屋、大阪の三大都市圏を抱えるエリア(東京電力パワーグリッド、中部電力、関西電力)と、震災後に電気料金を二度、値上げした北海道電力エリアである(図表)。一方、スイッチング率が低いのは、一度も値上げしていない北陸電力と中国電力、沖縄電力エリアとなっている。

スイッチング件数(全国)は、自由化が始まった4月1日以降、ほぼ直線的に伸びている。このトレンドを線形近似(※2)して1年後(2017年6月末)の件数を推定すると約333万件(約5.3%)となる。同じ電力会社内の切替えも同程度(※3)に進むと仮定すれば、550万件が加算されることになるので、総切替え件数は約880万件(約14.1%)に達することになる。

この比率はイノベーター理論(※4)でいうところの普及率16%の論理を想起させる。この論理を当てはめると、1年以内に自由料金メニューに切替える家庭とは、環境変化に敏感で、情報収集・分析を積極的に行い、意思決定まで行う人達である。一般に、こうした人達はオピニオンリーダーとなり他の人の行動に影響を及ぼす可能性があると考えられている。来春以降の注目点は、残りの85.9%を占める、比較的、慎重な人達や、フォロワーと呼ばれる懐疑的で周囲の様子を観察しながら同じ選択をする人達が、いつ、どのような切替え行動に出るかである。

スイッチングしても供給される電気そのものの品質は変わらず、契約先が仮に撤退・倒産しても他社からの安定供給が保障されているので、こうした保守的な人達に電気の使用方法に変化を強いることはない。だとすると、今後の1年間の事業者のシェア争いがその後のシェアに大きな影響を及ぼす可能性が示唆される。理屈通りにスイッチングが進む保証はないが、高い気温が予想される今夏、環境変化に敏感な家庭に向けた事業者のシェア争いが注目される。

図表 新電力へのスイッチング件数の推移(上)と、直近(6月30日時点)の状況(下)

(※1)気象庁「向こう3か月の天候の見通し 7月~9月」平成28年6月24日発表
(※2)線形近似式は y = 54.164x + 516.24、R2 = 0.9957。
(※3)同じ電力会社内のスイッチング件数は資源エネルギー庁調べとして2度(4月末時点と5月末時点)明らかにされている。いずれも同時点の新電力へのスイッチング件数の約1.65倍であった。
(※4)エベレット・ロジャース著、三藤利雄訳『イノベーションの普及』翔泳社(2007年)。早期に行動する2つの消費者群のイノベーター(全体の2.5%)とアーリーアダプター(同13.5%)を合わせると全体の16%になるという理論を提唱している。

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