米国製造業にとってのドル高

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2016年01月27日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦

ドル高に歯止めが掛からず、米国経済にとっての重石になっている。対円では2015年の終わりからドル安方向で推移しているものの、貿易ウエイトによるドルの実効レートは1月に入っても上昇傾向にある。

特に2014年の半ばから急速にドル高が進んで以降、米国内ではドル高に対する懸念は着実に高まっているが、実際に製造業を中心にドル高の影響が顕在化しているようである。ISM製造業景況感指数は2014年半ばをピークに悪化傾向が続き、足下では拡大の基準となる50%を下回っている。ISMによる報告書で取り上げられている企業のコメントの中では、ドル高が業績や景況感悪化の要因となっていることに対する言及が少なくない。

こうした状況を見ていると、長引く円高によって苦しめられていた、かつての日本企業の状況が思い起こされる。しかし、日本と米国では事情が異なる点もあるようである。日本企業にとって通貨高による最大の影響は、価格競争力の低下に伴う輸出の停滞であった。米国でも同様に輸出への影響が問題となっているが、米国ではそれに加えてドル高によって相対的に安価になった輸入品と、巨大な国内市場で競合することに対する問題意識が大きいように感じられる。これは日本企業が相対的に市場としての成長期待の大きい海外市場を重視していたのに対し、米国企業にとっては国内市場の重要度が高いという違いの表れと言えるだろう。輸出の停滞であれ、輸入の増加であれ、どちらも国内生産を抑制する要因になり、それが企業収益や国内雇用へ悪影響を及ぼすという点については変わらない。ただし、こうした製造業における外需、内需の重要性の違いによって、通貨高が国内経済に与える影響も違ってくると考えられる。

かつての日本では円高による競争力の低下に対して、製造業が現地生産を進めることで対応し、それが国内産業の空洞化を招くこととなった。海外需要を取り込むために需要地に近い場所に製造拠点を建設する必要がある中で、通貨高による輸出競争力の低下が海外現地生産を加速させたという側面があるだろう。他方で、米国では内需の拡大期待が大きいことに鑑みれば、米国企業がドル高をきっかけに米国内生産から撤退するインセンティブは日本ほどには大きくないのではないか。加えて、オバマ大領領が製造業重視の姿勢を明確にし、先進産業を中心とした国内製造業活性化策を打ち出していることも、製造業が国内に留まる誘因となろう。ドル高傾向が企業収益やマインドの悪化を通じて投資や雇用を抑制する要因となることに留意は必要だが、過度に悲観的になる必要はないと思われる。

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橋本 政彦
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シニアエコノミスト(LDN駐在) 橋本 政彦