「相手の眼を見て話す」 「相手の眼を見て聞く」

コーポレートガバナンス・コード雑感Ⅴ

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2016年01月07日

コーポレートガバナンス・コード(CGコード)に対応した「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」(CG報告書)の提出が始まった2015年の夏頃には、筆者の周りではこうした会話がよく聞かれた。

「○○社のCG報告書を見たか?」

「見たよ。あの△△に関する開示だけど…」

それが秋を過ぎ、冬になる頃には、余り聞かれなくなってしまった。

その頃になると大量のCG報告書の提出が集中し、一通り、目を通すことすら困難になったことが、主な理由であることは確かだろう(※1)。もっとも、理由はそれだけではない。提出される量が増加するに伴って、良きにつけ悪しきにつけ、印象に残る報告書の割合が低下したことも、その一因だと思われる。

例えば、「経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針」(CGコード原則3-1(ⅳ))として、「適材適所」、「人格」、「品性」、「見識」といった立派だが紋切り型の言葉が並ぶ文面を見て、誰が興味を引かれるだろうか?あるいは、(特定の原則に限られないが)「総合的に判断する」の一言で片づけられた開示内容を見て、誰が関心を持つだろうか?

もちろん、記述されている内容それ自体は、ある意味で「正論」である。誰も、「適材適所」が方針として不適切とは考えないだろう。誰も、上場会社の経営陣幹部の資質として、「人格」、「品性」などは不要だとは言わないだろう。また、時々刻々、複雑に変化する現在の世界において、単一の尺度に偏ることなく、多角的な観点から「総合的に判断する」ことの重要性を否定する者もいないだろう。

しかし、残念ながら、こうした「模範答案」のような開示を見ると、何やら「本心」を隠しているように感じられて、内容全体に対する関心すら失いがちになる。なぜなら、読み手(開示情報の利用者)が関心を持つのは、そつなく仕上げられた「模範答案」ではなく、その背後にある企業の「本心」だからだ。

読み手に、このような受け止め方をされることは、企業にとっても、(実際に隠したい「本心」があるのならばともかく)不本意なことであるはずだ。特に、CGコードの基本原則3を「コンプライ」している以上(基本原則を「エクスプレイン」している上場会社は、ほとんどないものと理解している)、同原則の次の一節を心にとめて、情報開示に取り組むべきであろう。

開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基礎となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。

かつて、子供の頃には「本当に伝えたいことは、相手の眼を見て話しなさい」とよく諭されたものだった。その趣旨は、自分は本気である、すなわち、「本心」を隠してはいないということを相手に納得してもらうことだと、筆者なりに理解している。

もちろん、文字情報による開示の枠組みにおいて、「相手の眼を見る」ことは物理的に不可能である。しかし、単に美辞麗句を並べるのではなく、自分の言葉で、分かりやすく丁寧な説明に努めるなど、自社は「本心」からそう考えているのだということを示す工夫はあり得るはずだ。同時に、書き手(情報の提供者)のそうした工夫を促す上で、読み手の側にも「相手の眼を見て聞く」心構えが必要であることはいうまでもない。

(※1)適用初年度は、CGコードに対応したCG報告書を「2015年6月1日以後最初に開催する定時株主総会の日から6か月を経過する日までに」提出することが求められた。その結果、3月決算会社の場合、2015年12月までに提出しなければならなかった。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳