社会資本整備による効果の陰で

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2015年11月17日

  • 米川 誠

本年3月14日の北陸新幹線の金沢開業以降、金沢の観光地はどこも大変な賑わいである。兼六園をはじめとした観光地は前年比を大幅に上回る観客数となっているほか、宿泊施設も常にフル稼働状態らしい。筆者は高校卒業までの18年間、金沢に在住し、今年もGWに帰省したが、金沢駅はかつて見たこともないほどの人であふれかえっていた。

金沢出身者としては北陸新幹線の金沢延伸はうれしい限りだ。筆者の現住地である東京から金沢までは2時間半となり、帰省が大分楽になった。また、金沢が全国的に注目され、多くの観光客が訪れていることはうれしく思う。しかし、一方で、あまりに多くの観光客が訪れている結果、地元民が近寄りがたくなったところもある。例えば、金沢市の中心部にある近江町市場は金沢市民の台所として、地元市民の多くが利用していた。筆者もよく父親に連れられて海産物などを買いに行ったことを覚えている。しかし、その市場が今や観光客でごった返していて、地元市民の足が遠のいているという。観光客が多すぎて、店の人と話をするどころかまともに歩くことさえできず、さらに値段も観光地価格に値上がりしているという。今まで静かに暮らしていた市民が突然押し寄せてきた観光客の波に戸惑いを感じているのである。

また筆者の話で恐縮だが、筆者の実家は金沢市郊外の閑静な住宅地にあり、家の前面には広い道路、後面には畑と雑木林が広がる、なだらかな山があった。前面の広い道路は車がほとんど走っていなかったので、花火やキャッチボールなどをして路上で遊ぶことができた。ところが数年前にこの道路は環状道路の一部として整備され、猛スピードで多くの車が行きかう幹線道路となった。閑静な住宅地は車の騒音が鳴り響く、危険かつ喧騒な住宅地となった。また後面の山は筆者が子供の頃よく遊んだ思い出の山だ。雑木林は昆虫の宝庫であり、畑は冬に雪が積もると、ソリやスキーをしてよく遊んだ。その山は数年前、広大な公園として整備された。カブトムシやクワガタがたくさんいた木々は切り倒され、整地された。かつて秋になると空を埋め尽くすぐらいたくさんいた赤とんぼもいつの間にかいなくなった。市の中心部へ向かう道路は慢性的に渋滞していたので、環状道路の整備は必要不可欠であったであろう。整備された公園は多くの市民の憩いの場となるであろう。しかし最も身近な住民の中には筆者にように、環境の変化に戸惑いや寂しさを感じている人も少なからずいると思う。

新幹線、道路、公園等の社会資本の整備は、時に多くの人に多大な効果をもたらす。しかし、その陰には少数かもしれないが、喪失感や寂寥感を感じている人もいるのである。社会資本整備をする際はその正の効果ばかりに目が行きがちであるが、上記のように感じている人々もいることを思い起こしてほしいのである。

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