世界経済を読み解く4つのヒント

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2015年08月24日

  • 小林 俊介

FEDと戦うな(Don't Fight The FED)-市場に対して大きな影響力を有する米国の中央銀行の金融政策に逆行するような投資スタンスでは相場に勝てない、という金言だ。これは米国に限らず、他の国についても当てはまる格言だろう。日米欧中の全てが大胆な金融政策を続けている中ではなおさらである。だからこそ金融市場参加者は各国の中央銀行の声明文を精読し、記者会見を視聴し、彼らの発するメッセージを正確に読み解こうと必死になる。そして中央銀行のメッセージを読み解くヒントは随所に散在しているが、ここ数ヶ月、中央銀行と市場のコミュニケーションの場が「公式」から「非公式」に移りつつある感がある。

始まりは6月3日だった。ECBのドラギ総裁の「ボラティリティが高まる局面に慣れる必要がある」という発言だ。発言の場こそ金融政策決定会合後の記者会見という公式な場ではあるが、この発言は正式な政策決定そのものよりも遥かに大きな衝撃をもたらし、欧州のみならず世界中の金利が跳ね上がった。これに続いたのが6月10日の黒田日銀総裁の「(これ以上の円安は)ありそうにない」発言である。この発言を受け、円安・ドル高基調にあったドル円レートは値を戻し、以来、発言時の為替レート(いわゆる「クロダライン」)を意識した相場が続いている。さらに6月29日、FEDの公表文書に「誤って」内部資料が混入する事故が発生し、ボードメンバーの予測と比較して弱い経済見通しと、マイルドな利上げペースが示された。そして8月4日、SDRに人民元を採用するか否かに関連し、IMFは報告書内で中国の為替制度の自由化を進める必要性を指摘した。

これらの多くは背景もメッセージも明確であり、金融市場並びに世界経済を読み解く上で有用な手掛かりとなっている。ドラギ総裁の発言は、ポジションの蓄積によりVaRショックのようなテールリスクが高まることを嫌ったものだろう。発言の結果としてポジション調整は進み、金利水準は低位で安定している。FEDのメッセージも明確だ。米国の景気実態や利上げの技術的制約を踏まえれば、市場の金利見通しは強すぎた。この強すぎる見通しの調整が進む中で、長期ゾーンを中心に米国債の金利は低下に転じている。中国人民元についても同様だ。国際機関の「お墨付き」を得た中国政府は、外交上の軋轢を回避しつつ、人民元相場を実勢に近付けることで国内の経済問題の調整に着手する準備が整った。

気がかりなのは「クロダライン」の背景である。確かに急激な円安は経済主体に相応の負担を強いる。円安により家計部門から企業部門に対して実質的な所得移転が生じているのが日本経済の現状であり、賃上げなどによる調整が十分に進展しない中で消費は弱含んでいる。産業間での調整についても同様だ。これらに配慮し円安の「スピード調整」を行うことが発言の目的だったと見なすことも可能かもしれない。

しかし「量的・質的金融緩和(QQE)」は、そうした痛みを覚悟した上で導入された政策ではなかっただろうか。さもなければ昨年10月の追加緩和は正当化できない。事実上、デフレ脱却の唯一の現実的な手段は円安誘導であり、QQEはその経路からのデフレ脱却を目指すものだったはずだ。そしてQQEの圧倒的規模を踏まえれば長期にわたって現行の政策を継続できる保証はない。時間的制約が意識される中で「スピード調整」を行う余裕など残されているのだろうか。同発言の「メッセージ」は明確であったが、「背景」に関するヒントが乏しく、日銀の将来の金融政策を予測する上での不透明性が増している-あるいは、まさかとは思うが本当にただの「失言」だったのだろうか。

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