複雑で厄介な欧州の移民問題

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2015年08月05日

2015年の欧州のキーワードの一つは間違いなく「ギリシャ」だが、もう一つの重要な、そしてより厄介な問題となり得るキーワードは「移民」であると考えられる。移民問題が厄介であるのは、「移民」と一口に言ってもその内訳は多様であり、「移民問題」もそれだけ複雑な問題となるためである。

欧州の移民問題で喫緊の課題となっているのは、中東やアフリカから欧州に押し寄せてくる移民の急増である。2015年4月にリビア沖で欧州を目指す移民が乗り込んだ船が転覆し、800人以上の死者が出たことを受けて、EU首脳会議が緊急開催され、密航業者の取り締まり強化、海上救助活動の強化、移民受け入れ負担の平準化が話し合われた。EUが全体として対策強化に動いてきたことは、イタリア、マルタ、ギリシャといった国々の負担軽減には効果を上げると見込まれる。ただし、これらの移民はシリア、イラク、エリトリア、ソマリアなどから、母国での内戦や独裁政権による支配などを逃れて欧州へと渡ろうとしており、その数は2011年の「アラブの春」以降、これらの地域の政情不安が高まったことを背景に増加傾向にある。中東・アフリカの政情安定が実現されなければ、根本的な解決にはつながらないであろう。

中東やアフリカからの移民の最終目的地はイタリアやギリシャではなく、ドイツや英国である。移民に対してより手厚い待遇が期待できる、難民申請までの時間が相対的に短い、既に親類縁者や知り合いが在住している、などがその理由となっている。英国に関しては、英語圏であることも大きな魅力である。最近は、フランスのカレーから英仏海峡トンネルを経由して英国に渡ろうと考える移民の増加が問題となっている。同トンネルは鉄道専用だが、貨車の屋根にとりついたり、列車に載せられるトラックの荷台に潜り込んだりといった方法で英国を目指す移民が後を絶たないのである。

その英国では「移民反対」の国民感情が高まっており、英国政府はカレーに警察部隊を送るなど、移民流入を制限しようと躍起になっている。ただし、英国が本格的に移民の数を抑えようとすると、他のEU加盟国から合法的に英国に流入する移民についても規制する必要が出てくる。EUに中東欧諸国が加わった2000年代半ば以降、英国を目指すEU域内からの移民が急増しているためである。「移民に職を奪われる」、「移民が英国の社会保障制度にただ乗りしている」との扇動的な主張をする政治勢力が台頭してきたことは、キャメロン首相が「2017年までにEU加盟継続の是非を問う国民投票を実施する」ことを選挙公約とせざるをえなくなった背景の一つにある。

キャメロン首相は国民投票を実施する前にEUと交渉し、EU域内からの移民急増に歯止めをかける措置を導入したい考えである。しかしながら、EU域内の人の自由な移動を保証することは欧州統合の基本理念の一つであり、これに制限を設けることはEU条約の改正など抜本的な改革を迫ることになりかねない。英国とEUの協議がどのように展開されるのか、それを受けて英国の国民投票がどのような結果となるのか、昨今のギリシャ問題以上に大きな注目点となる。

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山崎 加津子
執筆者紹介

金融調査部

金融調査部長 山崎 加津子