「微分の眼」と社会起業家精神

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2015年01月20日

  • 河口 真理子

長年、CSR、社会的責任投資やソーシャルビジネスに関わってきて、最近発見したことが一つある。それは世の中にはごく一部「微分の眼」を持っている人がいるということだ。誰でもモノゴトの絶対的な大きさを認識する「目」は持っている。しかし通常モノゴトの変化の速度は時が経過してみないとわからない。しかしモノゴトを見た時点で変化速度が「見える」人がいる。つまり目の前のモノゴトを「微分」してその変化率を察知する能力を持つ人だ。

例えば生まれたてのウサギの赤ちゃんと成獣のゾウ。草原にいるゾウは数メートル先からも良く見える。しかし足元のウサギの赤ちゃんは小さくて草に隠れているので近寄らないと見えない。でも微分の眼があると、日々倍に成長するウサギの赤ちゃんの方が大きく見える。だから彼らは、ウサギの赤ちゃんを指して「すごい!速い!見て!」と言うが、周囲の人には何を言っているのか理解されない。

革新的なプロジェクトに関わる企業のCSR担当者、環境、地域再生、途上国支援など社会的課題解決の事業を手掛ける社会起業家。彼らと接して常に感じるのは周囲の無理解の壁だ。私自身1986年に環境税と排出権取引をテーマに修士論文を書き1997年からCSRの研究に取り組んできた。最初は全く理解されない。でも数年後にはごく当たり前のように通る。実際にCSRやSRIの分野では、専門家からすら「あなたの5年前に言ったことがやっとわかった」類のことは何度も言われたことがある。

社会起業家について企業のCSR担当者向けにレクチャーをした時のこと。今ではメジャーになった、フェアトレード雑貨のマザーハウス、エシカルジュエリーのハスナ、途上国支援のコペルニク、ミドリムシのユーグレナ、ワンコイン検診のケアプロなどの事例を紹介した。いずれも創業初期の苦労を知っているので、社会に認知されることの大変さを強調して話した。これに対するコメント「普通の事業にみえるので何が社会起業なのかわからない」は忘れられない。通常は事業が軌道に乗ってからの話をしても当たり前のことにしか見えないのか。その会社がやるまでは誰もそのようなことは考え付きもしなかったのに、なぜその壁を打ち破ったすごさがわからないのだろうか?ずっと疑問に思ってきた。

そして最近たどり着いた解がこの「微分の眼」。微分の眼を持つ人は、生まれ落ちたウサギの赤ちゃんの方に価値を見出す。しかし通常は大きく成長したゾウの方に価値を見出す人の方が圧倒的多数だ。

革新的なソーシャルビジネスと信じながらも、理解されず苦しんでいる起業家、あるいは社内で新規事業や体制を作るべく奮闘している企業人。あなた達には微分の眼があるのかもしれない。急成長している赤ちゃんウサギを、馬くらいに育てる自信があるのなら、嘆く前にまず微分の眼を持つ仲間を探そう。直感だが微分の眼を持つ人は全体の1割程度だ。

一方、事業の社会性にかかわらず、事業計画や資金調達、人材確保などの基本要件を満たすのは前提条件だ。また微分の眼では成長率の方が絶対的な大きさより重要に思えるが、ゾウの方が力も存在感もあり大きな仕事ができるのは明らかだ。旧態型事業でも大きければ多くの人が生計を立てられる。絶対量の大きさへのリスペクトも忘れてはいけない。

日本を、世界を変えたいと願うすべての微分の眼の人たちへ。自分を信じ、頑張ってネットワークを広げ、地道にビジネスを発展させ、そしてこれからはすべての人が、赤ちゃんウサギが見える望遠鏡や虫眼鏡を作って、皆が明るい未来をシェアできるようにしていこう。

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