今度こそ賃金は上昇するか

2014年7月2日

  • パブリック・ポリシー・チーム エコノミスト 神田 慶司

賃金がなかなか上昇しない。安倍政権は政労使会議を開いて賃金上昇の必要性を共有したり、春闘では異例ながらも企業にベアを促したりするなど、賃金上昇の実現に向けて積極的に取り組んできた。実際、ベアを行った企業は例年よりもかなり多く見られた。だが、マクロ統計で一般労働者(≒正規社員)の所定内給与をみると、4月は前年比0.1%と3月(同▲0.1%)からわずかに上昇へ転じた程度であった。5月の所定内給与も同0.2%である。

そこで、名目賃金が上昇しない構造的背景を、まず実質賃金と労働生産性から整理しよう(下図参照)。実質賃金の推移を確認すると、90年代前半までは前年比2.5%前後で推移していた。しかし、90年代後半に急速に鈍化してからはほぼ横ばいである。長期的には、実質賃金の伸びは労働生産性の伸びに等しいと考えることができるが、90年代後半から2000年代前半ではその関係が薄れ、生産性に見合って実質賃金が伸びなくなった。2000年代後半以降、実質賃金上昇率は再び生産性並みに回復したものの、今度は生産性の伸び率の鈍化が実質賃金の上昇を抑える格好となっている。

次に、実質賃金の変動要因に注目すると、90年代前半までの実質賃金は、名目賃金と物価がともに上昇する中で上昇していた。しかしながら2000年代以降はその反対に、名目賃金と物価がともに下落する構図となっている。すなわち、インフレ経済であった当時は、生産性上昇による増益分を上回る名目所得を雇用者に分配しつつ、同時に値上げすることで企業の収益率が保たれていた。それに対してデフレ期では、増益分を上回る所得を値下げの原資に充てて競争力を保ち、雇用者への名目所得の分配を減らしてきた。こうした販売形態が広く定着すると、一部の企業だけが以前のように「賃上げ・値上げ」を行うことは価格競争面から困難であり、結果としてデフレと名目賃金低迷が長期化してしまう。

以上の整理を踏まえると、賃上げを実現するために求められることは、労働生産性の向上と労働需給の逼迫による販売構造の変化、そして賃上げが定着するまでの十分な時間であろう。労働生産性上昇率が高まれば、賃上げを行う収益的余裕が大きくなる。日本の労働生産性上昇率は減速傾向にあるが、過去5年間の平均伸び率は0.9%と、OECD加盟国(平均値、同0.8%)に見劣りしているわけではない。とはいえ、米国(同1.6%)に比べれば低く、生産性を高める余地がある。

労働力人口の減少によって働ける人が少なくなるほど、企業は賃金を引き上げないと人材を確保できないため、労働需給が逼迫すれば賃金に上昇圧力がかかる。この点、5月の有効求人倍率が22年ぶりの高水準を記録するなど、労働需給はすでに逼迫している。ただし、その中身はまだ十分とは言えない。企業側の需要はパート・アルバイトなどの非正規雇用に偏っており、全体の6割強を占める正規雇用の需要は回復していない。成長戦略の改訂版に盛り込まれた「予見可能性の高い紛争解決システムの構築」を早期に実現するなど、企業が雇用形態にとらわれずに採用しやすい環境を整えることで、制度面から賃上げを後押しすべきであろう。

実質賃金の要因分解と労働生産性

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