共通した理解がないショートターミズム

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2013年12月19日

企業や投資家が、長期的な成功や安定を犠牲にして短期的な利益を追求する行動をとることを一般にShort-termism(ショートターミズム、短期志向)といい、これを是正する政策を検討することは、リーマン・ショック後の国際的な流行ともなりつつある。英国では、2012年にKay Review(ケイ・レビュー)がまとめられその提言に沿った制度改正が進められつつあるし、それに先立つ2010年には機関投資家のショートターミズム是正に向けた行動原則としてスチュワードシップコード(Stewardship Code)が策定済みだ。欧州では、欧州委員会がショートターミズムの是正を意図した会社法指令を検討中である。

日本でも、内閣府「目指すべき市場経済システムに関する専門調査会」、金融庁「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」、経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトなどで、投資家の行動や投資対象となる企業の行動について、検討が重ねられている。これらの様々な検討の中で、特に内閣府「目指すべき市場経済システムに関する専門調査会」は、「短期的な『投機』に走るのではなく、中長期的な『投資』を重んじることを通じて持続的成長を実現する市場経済システムの在り方を明らかにし、日本から世界に発信していく(※1)」目的で設置されたもので、ショートターミズム克服の処方箋を検討するものとなっている。

市場改革の中心的な論点の一つであるショートターミズムであるが、何をもってショートターミズムというか必ずしも明らかではないうえ、それがどのような問題を惹き起こしているかについても、共通した理解があるようには見えない。内閣府「目指すべき市場経済システムに関する専門調査会」では、「資本市場において投資の短期化が進行しているが、その下で売買の取引自体は成立していることから、そのことは直ちに中長期的資金の量が減少していることを意味しない。しかし、投資の短期化が進むことによって、株式を中長期的に保有しようとする動きが弱まっていることは確かであり、中長期的資金を安定的に確保することを困難にさせている。(※2)」と記しており、投資家側の株式の平均的保有期間の短期化が進むことがショートターミズムであると考えているようだ。平均的な株式保有期間は、ある企業の株式について「株式時価総額÷年間の取引総額」で計算される。年間の取引総額が時価総額と同額であれば、平均的な保有期間は1年である。取引があまり行われなくなれば、計算値は大きくなりショートターミズムは、起こっていないということになる。逆に年間の取引総額が大きくなれば、ショートターミズムが進行したということになるが、これを否定的に評価すべきか疑問に思える。手数料やマーケットインパクトが小さくなり、証券市場が安価に使えるようになった結果、取引が増えてきているとも考えられるのではないだろうか。つまり、平均的な保有期間の短期化は、証券市場インフラが発展した結果かもしれないのである。そしてこの平均的保有期間の短期化自体が何かの問題の原因となっているかは、この報告書が「売買の取引自体は成立していることから、そのことは直ちに中長期的資金の量が減少していることを意味しない」との理解を示していることからもわかるように、なお一層の検討が必要であろう。

ショートターミズムは、株式保有期間の短期化のことではなく、CEOの任期が短期化していることを指すとの見解や四半期開示を行う企業の増加をいうとの見解もある。また、企業の研究開発投資の減少が、ショートターミズムであるという見方もあり、何がショートターミズムなのか、原因は何で結果が何なのかについての議論は錯綜している(※3)

ショートターミズムに陥っている主体についても、様々な議論がある。アクティビストヘッジファンドなどをショートターミズムの源泉であるとみることは多いが、「目指すべき市場経済システムに関する報告」では、年金基金や保険会社が予定利率達成のために短期の鞘取りを積み重ねるとの指摘もあれば、個人投資家の高齢化が安全資産への投資を志向させ、企業の研究開発等リスクのある投資を減少させる可能性にも言及されている。

また、ショートターミズムは、投資家の問題ではなく経営者が自己の利益を最大化させるための行動であると考えることもできる。エンロン事件などに見るように、報酬として受領したストックオプションの価値を高めるために、短期的に高いリスクを選好する動機となるからだ。

このようにショートターミズムに関する検討は、誰のどのような行動を問題視しているか、混とんとした状況にあるように思える。現状を十分に解きほぐしたようには思えない中で、解決策として様々な政策が提言されるのだが、果たして実効性が期待できるか、疑問を感じるところだ。

(※1)目指すべき市場経済システムに関する専門調査会 「目指すべき市場経済システムに関する報告」(平成 25 年 11 月 1日)

(※2)目指すべき市場経済システムに関する専門調査会 「目指すべき市場経済システムに関する報告」(平成 25 年 11 月 1日)

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執筆者紹介

政策調査部

主席研究員 鈴木 裕