大阪のエスカレーターはなぜ右側に立つのか?

2013年12月3日

最近、出張で大阪に出かける機会が多いが、そこで面白いことに気付いた。東京から新幹線で新大阪駅に着くと、ホームから降りる最初のエスカレーターでは人々は左側に立つのに、地下鉄御堂筋線やJRに乗り換える際のエスカレーターは右側に立つのである(※1)。最初のエスカレーターを使う人々は主に東京からの乗客なので、無意識のうちに東京で運用されているルールに従っているが、地下鉄やJRで乗り換える頃になると、大阪を中心とする他地域の人々のウェイトが高まり、右側に立つという大阪のルールが支配的になる。同じ新大阪駅内でのわずかな移動の間に、全く異なるルールが適用されているのだ。もちろん、このルールは法律で強制されたものではなく、人々が自主的に選択したものである。

エスカレーターの立ち位置が東京と大阪で異なる理由には諸説ある。例えば、1967年に阪急梅田駅でエスカレーター(タイプは「動く歩道」)が設置されたとき(※2)、右手で手すりを持つ人が多かったため、その後混乱を避けるために右側に立つというルールをアナウンスした結果、それが定着したという説や、1970年の大阪万博の時に海外の観光客を意識して、当時、欧州で主流であった右側に立つルールが大阪万博以後に定着したという説もある。

もちろん、右側に立つのか、左側に立つのかというそれ自体には、ルールに本質的な差はない。たまたま、導入時にルールが違っていて、その後も人々がそのルールをそういうものとして単に支持しただけに過ぎない。このように我々の行動を支配している慣習を含むルールは、歴史的に偶然決まったものを周りの人々が受け入れて、他の人もそこから逸脱する誘因がなくそのまま維持されている、というものが多い。

雇用制度を例にとっても、年功序列や終身雇用といった日本的とされる特徴は、戦後不足していた熟練労働者を企業内で育成し確保していくために、労使間で自生的に形成されたものであった。当時は理に適っていた雇用制度が、経済・社会環境が大幅に変わった現在でも維持されるべきとは必ずしも言えない。しかし、大半の人々がそれを当たり前として受け入れている限り、おそらく現状の雇用制度は大幅には変わらないであろう。ルールには法律で規定されるもの以外に、自生的に生まれた慣習のようなものもあるので、ルールを変更するのはそう単純にはいかない。

規制改革の難しさの一つにはこうした側面もあり、単なる規制の変更に加えて、人々の意識改革も同時に必要なのではないかと、新幹線で新大阪駅に降りる度に思うのである。

(※1)エスカレーターの片側を空けることは、急ぐ人が通行するためのものではない。エスカレーター内での歩行は危険なため、最近ではエスカレーターの製造会社や地下鉄等ではそうした行為を控える呼びかけを行っている。
(※2)余談だが、大阪で生まれ育った筆者が子どもの頃、父親に連れられて梅田に来たときに、当時はまだ珍しいこの「動く歩道(ムービングウォーク)」に乗るのが楽しみであった。

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