月より月餅、月餅よりも月餅券?—「月餅券取引」から見た中国

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2013年10月16日

先日中国北京市に訪れた際、幸運にも中秋節(9月19日)にあたった。中秋節とは、旧暦8月15日に当たる中秋の名月(十五夜)を指し、中国においては、月を観賞しながら月餅を食べ、家族団らんを楽しむ節句である。当日、空気の悪さから月が見えないのではないかと懸念されたが、それは杞憂に終わり月餅を食べながら満月を眺め中秋節を満喫することができた。さて、前述したように中秋節とは本来的には「月を愛でる」節句であるが、現在は「月餅を食す」ことがメインであると言っても過言ではない。また、自分で買うにとどまらず、親しい人や今後関係を築きたい人に対して月餅を贈答することも多い。事実、中秋節の一ヵ月前ぐらいからデパートやスーパーでは特設会場が設けられ、し烈な月餅商戦が繰り広げられる。過剰ともいえるほどの絢爛豪華な包装が施され、中には何千元という高価な月餅も存在する。また、月餅の餡は伝統的に「豆沙(こしあん)」や「五仁(五種の木の実)」であるが、現在はスターバックスやハーゲンダッツ等が「洋風月餅」(餡がコーヒー味であったり、アイスであったりする月餅)を販売しており、月餅の商品開発も進んでいる。つまり、月餅を巡るビジネスは進化しているのである。

中でも、注目すべきは「月餅券」であろう。「月餅券」は月餅と交換することのできる一種の商品券である。「月餅券」の登場によって、事前に月餅を大量に購入する必要がなくなり、受け取り側も好きな月餅を選択することが可能になった。しかし、この「月餅券」は、本来意図したものとは異なる形で利用が拡大した。具体的には、商品である月餅の受け取りを伴わない「月餅券取引」であり、それは以下のような構造になっている(図表)。まず、月餅生産者は100元分の「月餅券」を小売業者に65元で売り渡す。次に小売業者は80元で消費者Aに「月餅券」を売り渡す。消費者Aは消費者Bに「月餅券」を贈るが、消費者Bはそれを月餅に換えることなく、ダフ屋(中国語で「黄牛」という。ダフ屋が介在する取引は違法とも考えられるが、実際には公然と取引されている)へと40元で売却する。そして、ダフ屋は生産者に「月餅券」を50元で売却する。最終的な収支は、生産者が+15元、小売業者が+15元、消費者Aは-80元、消費者Bは+40元、ダフ屋は+10元となっている。金銭の受け渡しだけを見れば、消費者Aだけが損をしているように思われるが、消費者Aは「月餅券」を贈ることで消費者Bとの関係を良好にすることができており、お金には換えられない効用を得ている。つまり、すべての人がWIN-WINとなっているのが、「月餅券取引」の旨みなのである。このような「月餅券取引」が広まった背景として2点挙げられる。第一に、月餅は基本的に中秋節限定のお菓子であることから期間中に売り切れなければ、生産者は過剰在庫を抱えてしまう。「月餅券取引」はそもそも月餅の受け取りを伴わないことから生産者にとっては過剰在庫を抱えるリスクを軽減することができる。第二に、消費者側で見れば、食べきれないほどの「月餅券」を贈られた人にとって「月餅券取引」による現金化は魅力的といえる。

以上のように「月餅券」の登場により、月餅を巡るビジネス領域はさらに拡大したといえる。しかし、各種報道によると2013年の「月餅券取引」は過去の熱狂ぶりとは異なったようである。昨年の「八項規定」に見られる習近平政権の節約・反腐敗方針を受け、中共中央紀律検査委員会は中秋節や国慶節における公費での月餅・「月餅券」の購入・贈答を禁じるとの通知を出した。結果的に公的機関等の大口購入者は減り、消費者が受け取る、さらにはダフ屋へと売却される「月餅券」は相対的に少なくなり、「月餅券取引」は低迷したとのことである。「月餅券取引」は低迷したが、本来の中秋節の意味合いに回帰する良い機会とも言える。「月餅券」でお金を稼ぐことは難しくなったかもしれないが、月餅を食べながらゆっくり満月を眺め家族団らんを楽しむ中秋節もお金に換えられない喜びがあるのではなかろうか。

月餅券取引

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矢作 大祐
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 矢作 大祐