インフレとアメリカの値札

2013年8月28日

  • ニューヨークリサーチセンター シニアエコノミスト 土屋 貴裕

日本では過去20年くらい、物価があまり変動していない。ガソリン価格や電気代を除けば、諸々の商品で価格低下は当たり前だったように思う。一方、アメリカでは物価が上がることが当たり前である。FRBが長期目標として掲げる「前年比2%上昇」は、インフレ率が2%を上回らないように抑制するのが主眼であり、2%を目指してインフレ率を上げていきたい日銀とは少し異なる。

アメリカでも最近はインフレ率が低めだが、日常的に利用する財・サービスの価格の上昇幅で気分が異なり、実感として、アメリカではやはり物価は上昇しているように思える。日常生活において、電車やタクシー、ガソリン代などの交通関係や、家財保険や自動車保険などの保険料、学校の授業料や医療費など、「値上げ」は頻繁だ。

企業にしてみれば、「値上げ」で売上の増加が期待される。だが、企業は値上げで売上が増加しても、その分を労働者に分配するとは限らず、その場合、労働分配率は低下する。それは資本分配率が上昇していることと同義だが、資本分配率上昇の恩恵に与るためには、株式保有という選択がある。換言すればインフレが続いてきたからこそ、アメリカの家計は、賃金上昇の不足を補う資産防衛のために直接、間接の株式投資をしてきた可能性がある。もちろん、労働者はインフレ分の賃金上昇を企業に求め、直感的にでも実質値を重視する傾向があるように思える。名目の価格に基づいて行動してしまう「貨幣錯覚」の程度は日本よりも小さいかもしれない。

一方で、日本と値札表示を比べると、1ドルが100円程度という為替レートから、アメリカでの価格は日本よりも桁数が少なく、外税が一般的で値札の数字はさらに小さく見えてしまう。消費税に相当するアメリカの間接税は、購入する商品や場所、金額次第で非課税だが、課税されると税率9%弱のニューヨークでは1割近く支払額が増える。値札の数字の小ささから、つい財布のヒモを緩めてしまった自らの経験を踏まえると、消費を促すためには値札の見た目も重要ではないかと思う。消費する際に、見た目に左右されるという、事実上の貨幣錯覚が起きている可能性があろう。

日本がインフレの世界に戻った時、インフレに負けない所得上昇が望ましいのは言うまでもない。日本の家計で貨幣錯覚が起きたり、資産防衛のためにインフレ連動の資産を増やしたりするかもしれない。だが、支出を減らすという選択肢もあるだろう。日本も消費税は外税を基本とし、さらにやや極論だが、デノミを行えば、値札の数字が小さくなって事実上の貨幣錯覚が起き、無理な消費抑制の回避に資するかもしれない。

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