外国語学習に関する一考察

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2013年06月10日

国際会議で丁々発止と英語で議論している人、エレベーターで外国人の来客と楽しげに会話している人、オフィスにかかってきた英語の電話にすらすらと応対している人などを見ると「かっこいい!」とは思うものの、自分にはできないとしり込みする人が日本人には多いのではないだろうか。生の英語に接する機会が少なく、英語を使わなくとも日常生活に支障がないとなれば、無理もないと思われる。

けれども、そんな内向きの考え方ではいけない、特にこれからの日本を背負っていくべき若い世代は外国語に苦手意識を持たずに、高いコミュニケーション能力を身に付けるべきであるといった意見は、グローバル化の進展を背景に年々高まっていると見受けられる。平成23年度から小学5年生と6年生は年間35単位時間の外国語活動が必修となった。最近はこれを4年生からにしようとの議論も聞かれる。

文部科学省の学習指導要領では「外国語活動」となってはいるが、意図されているのは英語学習のようである。「音声を中心に外国語に慣れ親しませる活動を通じて、言語や文化について体験的に理解を深めるとともに、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成し、コミュニケーション能力の素地を養う」(※1)ことを目的にさまざまな活動を行うとされている。確かに英語を習得すれば、外国人と直接意思疎通できる可能性が高まり、また情報収集能力は飛躍的に向上する。そして、低年齢のうちに英語という外国語になじむことができれば、コミュニケーションに不可欠な能力のうち、聞き取りと発音の能力が身に付く可能性が高い。個人的な経験だが、小学2年生から4年生までドイツに滞在して現地の小学校に通った。耳から聞いて覚えたドイツ語は、日本に帰国して使う機会がなくなると程なく忘れてしまったが、大学のドイツ語コースでは聞き取りに苦労せず、また発音が上手と褒められた。

ただし、コミュニケーション能力とカタカナで書くと、外国語で意思疎通を図る能力と勘違いしそうになるが、本来は日本語であろうと外国語であろうと「言いたいことを伝える」能力である。コミュニケーションには自分が言いたいことをわかりやすく伝える能力と、相手が言っていることを理解する能力が、外国語能力以上に大事である。さらにより根本的なことだが、コミュニケーション能力がどんなに高くても、そもそも伝えたい内容がなければ問題にならない。逆にどうしてもこれを伝えたいという事柄があれば、文法的に正しくなくても、発音がおかしくても案外伝わるのである。

英語はあくまで便利な道具にすぎない。その道具を生かすためには、伝えたいこと、聞きたいことを増やしていくことが一番重要と考える。

(※1)出所:文部科学省「小学校外国語活動サイト

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山崎 加津子
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金融調査部

金融調査部長 山崎 加津子