アベノミクスと各国それぞれにとっての為替相場

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2013年05月23日

  • 小林 卓典

円相場がアベノミクスの成功の鍵を握っていることは明らかだ。デフレからの脱却には金融緩和が不可欠であり、過度な円高を是正し、輸出主導で景気回復を図るという基本に立ち返ったところがアベノミクスのもっとも良いところだと思う。これは戦後最長の景気回復を実現した小泉内閣の政策にも似ている。

2001年4月に発足した小泉内閣は、黒田氏(現日銀総裁)、溝口氏と続いた両財務官の下で大規模な外国為替市場介入を実施し、円高を是正して景気回復を確実なものとした。しかし、現在の世界経済は当時とは大きく異なり、日本の市場介入を許容する状況にはない。そのため、日銀はマネタリーベースを2倍にするという大胆な異次元緩和を打ち出した。

これに対して、円安は諸外国の輸出にダメージを与えるので、各国は自国通貨の増価を防ぐために利下げをしなければならず、いわゆる通貨戦争を引き起こすという批判が少なくない。しかし、これは的を射た議論であろうか。

下のグラフは、2005年1月を100とする各国の名目実効為替レートの推移を描いたものである。2005年は新興国が台頭し、また欧米では過熱感のない経済成長が続き、世界的に好景気となった年であった。

2005年初よりも実効為替レートが増価している国と、減価している国とに分かれるが、増価している中で目立つのがブラジル・レアルである。ブラジルは高金利通貨国として日本の投資家にも人気が高いが、レアル高が行きすぎたため、ここ数年は製造業の活動が停滞している。問題解決には外国から資本流入をもたらす高金利体質を是正する必要がある。

中国は、このところ日本への輸出が減少してしまうと円安に懸念を表明している。しかし、人民元の増価は、輸出と投資に過度に依存した中国経済の構造を個人消費中心に転換するために必要である。円安によって日本製品を安く輸入できることは、中国にプラスになるはずだ。

タイ・バーツは東南アジアの中で今年に入りもっとも上昇している通貨の一つだが、タイは2011年秋に大洪水に見舞われた後、金融緩和を続けている。足元で景気回復ペースが鈍っているが、鈍化したのは輸出というよりむしろ消費、投資の内需である。景気をてこ入れするなら、利下げを続けるべきである。

逆に2005年よりも実効為替レートが減価している国を見ると、インドネシアではルピアの名目実効レートが減価しているものの、インフレ率が高いため実質実効レートは増価し、輸出が停滞している。輸出競争力の回復を図るなら、最低賃金の大幅な引き上げを避け、労働コスト上昇を政策的に抑えていく必要があるだろう。

インド・ルピーはかなり減価しているが、インド経済の低迷が続いている。インドの問題は経常収支と財政収支の双子の赤字とインフレ体質にあり、構造改革が課題と言われている。

韓国ウォンは、対ドルや対円でウォン高となっているが実効為替レートは安定している。円の実効為替レートが急速に減価しているため、相対的に韓国製品の競争力が低下することを懸念しているのだろう。ただ、円安が進行する中でも、韓国の輸出数量は、日本よりも堅調に伸び続けている。むしろ住宅と設備投資の減少が韓国経済の成長鈍化の主因であり、アベノミクスとは関係なく、必要なら韓国は利下げを実施すべきである。

ドルは2005年初よりも実効為替レートが低い水準を維持しているので、米国から円安に対する不満があまり出ないのはそのためだろう。一方、厳しい景気後退下にあるユーロ圏では、ユーロ安を促すように金融緩和をさらに行うべきと思われる。

各国それぞれに抱えた問題に対し、必要なら金融を緩和し、結果的に為替レートが下落する、これにはアベノミクスと関係のないことの方が多い。

各国の名目実効為替レート
各国の名目実効為替レート
(出所)国際決済銀行より大和総研作成

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