金価格下落が暗示する世界経済環境

世界的金融緩和はまだまだ続く

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2013年04月25日

  • 大和総研 顧問 岡野 進

金価格が足元で大きく下落している。ドルベースの金価格は長期的な波動でみると、1980年9月の高値から下落し、1999年7月に底値を形成後、2005年頃から明確な上昇に転じていた。近年の高値は1,791ドル/トロイオンス(2012年10月4日、ロンドン市場)であったが、最近では1,380ドル(4月16日、同)と高値から23%の下落を示した。

長期的にみた金価格の水準は、一般物価との相対比較で、すなわち実質価格でみた方がより金投資ブームの程度を測ることができるだろう。図は金価格を米国の消費物価指数(1982-84年基準、米労働省)で割って、1982-84年基準価格でみた金の実質価格を示したものである。これをみると、イラン革命やソ連によるアフガン侵攻を背景に原油価格の高騰、インフレの高進が目立った第二次オイルショックの1980年頃と、昨年の水準を比較すると大きくは違わない姿がみえてくる。昨年の金価格の上昇は相対価格でみれば限界に達していた可能性が高い。

 

金の実質価格

 

第二次オイルショック後の金価格下落の要因は原油価格がすぐには下落しなかったものの上昇が止まったこと、中南米債務問題が世界経済に暗雲を投げかけ世界経済の停滞感が強まったことなどであった。これに対し、原油価格の落ち着き、金価格の下落を確認した米国金融当局は大胆な金融緩和を実施し、国内の住宅・自動車需要の喚起から世界景気を反転させた。またこれは80年代末まで続く世界的な資産価格上昇の出発点だった。

現在は欧州の債務問題が深刻化し、世界経済の停滞感は強い。日本経済には米国経済ほどのインパクトはないが、今回の日銀の大胆な金融緩和は世界経済にとっても反転へのきっかけとなるかもしれない。265兆円(2011年末、財務省「対外資産負債残高」)の対外純資産を保有する日本のマネーがリスクを取り出すことは日本経済のみならず世界経済には好影響を与えると思われる。金価格が下落するような局面では世界経済の成長率は制約されているが、金融緩和が大きく進んでいく局面でもある。今回はリーマン・ショックをきっかけに欧米の金融緩和が進み、さらに日本の異次元の金融緩和にも達した。1982、3年頃の経済情勢にかなり似ているのではないかと思われる。

当時の日本は債権大国に成りたてであった。日本は輸出で稼いだ外貨をどのように対外投資に振り向けていくのかという課題を負っていた。すぐには直接投資の拡大は難しく、保険会社などの金融機関の対外証券投資が先行する形となった。今回、再び対外証券投資は増加しそうであるが、より収益性が高く日本の産業の強さにもつながるような直接投資がもっと重視されてよいのではないだろうか。また、金価格が十分に下がれば、日本も金準備の増加を検討してみるべきであると思われる。

2000年代に入り、中国やインドなどの新興国は外貨準備として金保有を着実に増やしてきている。新興国が外貨準備において金保有を増加させているのに対し、日本は対外債権が積み上がり外貨準備も増加していく中で、金保有を増大させるという選択肢は採らなかった。日本の金保有は2,460万トロイオンス(2013年2月末、IMF、以下同じ)で、米国の2億6,150万トロイオンスの10分の1以下である。他の先進国はドイツ(1億904万トロイオンス)、イタリア(7,883万トロイオンス)、フランス(7,830万トロイオンス)が比較的多く、英国(998万トロイオンス)が日本よりも少ない。

1971年にドルと金との公定相場での交換を停止したニクソン・ショックの直後には、日本の金保有を増やすことが検討されたことがあるとも伝えられる。当時の国際政治環境への考慮が、日本の金保有増加を止めたようである。仮に日本が外貨準備における金保有を大きく増大させれば、円の国際通貨としての裏づけを、米ドル建て金融資産を中心とした外貨準備だけでなく、直接に金の保有に求める部分を大きくすることにつながり、国際通貨としての自立性を強めることになるだろう。

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