「ロンドン報告 2013年、春」 サッチャリズムとアベノミクス

2013年4月24日

  • ロンドンリサーチセンター シニアエコノミスト 児玉 卓

4月8日の死去を契機に、英国のマーガレット・サッチャー元首相の追悼記事、各種専門家のコメントなどが当地メディアを賑わせている。好意的な論評一色と言えないことは無論だが、「祝賀パーティー」を開いた批判派を含め、一政治指導者の死が(従って、その生涯が)これほどのインパクトを及ぼすことに対し、日本人たる自分としては驚きとともに若干の羨望を禁じ得ない。以下ではメディアに登場する政治・経済の専門家、各国政治指導者の論評ではなく、一般の英国人のサッチャー氏に対する評価を簡単に紹介しておこう。

世論調査機関のYouGovと大衆紙TheSunがサッチャー氏死去の直後、4月8日から9日にかけて行った調査は、英国民に「敬われ、嫌われた」同氏の姿を浮き彫りにしている。
まず「1945年以降の歴代首相の中で最も偉大な首相は誰か」という問いに対し、サッチャー氏は28%を得て第一位にランクしている(2位はチャーチルの24%、3位はブレア氏で10%)。調査の時期が時期だけに、いくらかの同情票を含んでいる可能性もあるし、現役時代のチャーチルを知る人はすでに少数派である。こうした事情からやや数字が過大になっている可能性はあるものの、英国民がサッチャー氏をチャーチルと並ぶ戦後の政治的巨人とみなしていることは確かだろう。

興味深いのが「首相としてのサッチャー氏をどう評価するか」という質問に対する反応である。選択肢は5つ、「偉大(great)」、「良い(good)」、「平均的(average)」、「お粗末(poor)」、「ひどすぎる(terrible)」であるが、回答比率はそれぞれ(この順で)20%、30%、8%、8%、25%となっている。「良い」に続くのが「ひどすぎる」であり、V字型に近い珍しい評価を受けている。この調査には含まれていないが、仮に第一の質問に準じ、「1945年以降の歴代首相の中で最もダメな首相は誰か」という設問があれば、おそらくサッチャー氏はここでも高得点を得ていたのだろう。

「首相としてのサッチャー氏は英国をどのように変えたか」という設問では、経済的に「好転させた(48%)」と「悪化させた(35%)」の差が比較的小さい。これは社会をより「不平等にした(49%)」という評価が「平等にした(25%)」のほぼ倍に達していることと関係していよう。「首相として行った最悪の政策は何か」という設問において、悪名高い「人頭税導入(44%)」に続いて、「鉱工業を衰退するにまかせたこと(37%)」、「公益企業の民営化(31%)」の数値が高いことが示すように、小さな政府、規制緩和、市場メカニズムの重視などを柱とする経済政策とその結実が、サッチャー氏を毀誉褒貶相半ばする政治家としている。

一方、同氏の業績として、英国の国際的プレゼンスを「高めた(60%)」とする声は「低めた(18%)」という声を圧倒しており、総じてサッチャー氏の外交手腕に対しては英国民の多くが高く評価している。冒頭述べた、筆者の「若干の羨望」も部分的にここと関係している。英国は経済力に比して国際的なプレゼンスが高い。日本は世界第三位の経済力に見合ったプレゼンスを示すことができずにいる。日本が英国から学ぶべきは、箱としての二大政党制などではなく、こうした政治的リーダーシップのありようであろう。もっとも、最近のブラウン労働党政権、キャメロン政権におけるリーダーシップの欠如を見る限り、日英を分かつ国際的発言力の違いは、多分にサッチャー氏の遺産でもあるのかもしれない。

さて、アンチ・サッチャー派も、サッチャー後に英国が変わったことは認めざるを得ないだろう。何より90年代以降、「英国病」という言葉は死語になった。サッチャリズムの副作用はあろうし、英国経済が薔薇色というわけではない。しかし、少なくとも英国は「停滞する国」ではなくなった。

高度成長が終わって久しい先進国であっても、失われた活力を再度取り戻すことができる。これは「失われた20年」を経て、停滞が常態になりながらも「変わるかもしれない」という空気が生まれつつある日本にとって、心強い先例である。

ただし、金融政策や為替レートの下落が国を変えるわけではない。財政を吹かしても停滞は終わらない。アベノミクスが日本を変えるとすれば、「第三の矢」に位置付けられている成長戦略を中心とする他はない、というのがサッチャー時代の英国の教訓である。幸いなことに、TPPの交渉開始にかじを切った安倍首相は「嫌われ者」になる覚悟もできているように見える。しかし、現在の「変わるかもしれない」という空気は、かなりの程度金融政策と円安・株高に依存している。こうした空気の中で「第三の矢」が錆びついてしまうことはないか、払拭したくてもなかなかできない危惧がこれである。

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