軍事バランス変化に向けた対応

2012年11月20日

わが国との国境に関する近隣諸国の主張が、これまでとはやや異なった激しさを増しているように感じられる。一義的には様々な局面における現政権の対応が影響していると思うが、その背景には構造的な変化が存在している。


近代に入ってからの北東アジアの軍事バランスはめまぐるしく変わってきたが、第二次世界大戦終戦(1945年)、中華人民共和国成立(1949年)、朝鮮戦争休戦(1953年)以降、東西冷戦終結(1989年)、ソ連邦崩壊(1991年)までの間は比較的安定していた。東西冷戦終結後、東欧や旧ソ連地域では大きく国境が変更され、中近東では様々な紛争やテロが頻発したが、北東アジアを含む東アジア地域ではしばらくは目立った外交的変化は感じられなかった。そうした情勢下で、中国や韓国、アセアン諸国等が経済的に著しく飛躍した。なお、北朝鮮はミサイル実験や核実験等を実施し、北東アジア地域での外交的・軍事的不安定要素となっており、それは現在も続いている。


しかし、21世紀に入った頃から徐々に政治的な変化が表面化し、2010年代に入ってからは北東アジアにおける外交的な不安定性が増しているように思われる。新興国の経済的台頭と先進国の相対的な経済的比重低下は、経済面のみならず、政治・外交・軍事面にも影響を与え、特に北東アジア、もう少し広く見れば西太平洋地域における軍事バランスを不安定化させている。現在は新たな均衡に向けての過渡期かもしれないが、平穏に均衡点に着地できるかは心許ない。


中国で尖閣諸島を巡るデモが一部暴徒化した事例を見るまでもなく、安全保障問題は経済活動にも大きく影響を及ぼす。輸出入や現地進出、あるいは外国資本の受け入れ等についても、陰に陽に紛争が影響することは古今東西変わることはない。しかし、わが国は東西冷戦期の相対的に安定した軍事バランス下での経済活動に慣れ過ぎてしまったのではないだろうか。中東地域での数々の紛争に伴う石油ショックやプラントプロジェクト等での支障等を通じて、外交・軍事と経済が無縁でないことは戦後日本も経験しているはずだが、自国が位置する北東アジア・西太平洋地域で同様の事態が起こることは実感していなかったと思われる。


東西冷戦という一種のイデオロギー的な構図が崩壊して20年以上が過ぎ、本来の地政学的な構図が息を吹き返し、経済的な比重変化も影響し、現実の経済・外交・軍事での挑戦-応戦の新たな関係が動き出している(※1)。これが、冒頭に記した構造的な変化と考えている。


今後とも米国が東アジア・西太平洋地域での軍事プレゼンスを維持し続ける意志と能力が継続するかによって状況はかなり変わるが、しばらくの間は中国とロシアのプレゼンスが増大し続けることはほぼ確実とみられる。地政学的に海洋国家たる日本は、大陸のハートランド(※2)に深入りすることは危険であり、リムランドに位置する諸国と出来うる限り友好的な関係を維持し、他の海洋国家と同盟的関係を結ぶことが重要である(米国はユーラシア大陸に対しては、海洋国家の位置づけとなる)。今後少なくとも四半世紀ほどの間は、こうした認識で安全保障を強化し、外交・軍事的な安定性を向上させたうえで、経済活動を進めて行くことが肝要と思われる。さらに踏み込めば、経済活動もそうした外交・軍事的な安定性を強化する形で地域的なバランスを考慮して進めて行くことが、国益、つまりは国民の生命と財産を守ることに資することとなろう。


(※1)英国の歴史家トインビーは、文明の盛衰等を外部からの「挑戦(チャレンジ)」と内からの「応戦(レスポンス)」という用語で説明した。
(※2)ハートランド、リムランドとも地政学の用語。ハートランドはユーラシア大陸中央部を指す言葉として、英国のマッキンダーが用いた。リムランドはユーラシア大陸沿岸地帯を指す言葉として、米国のスパイクマンが用いた。元々の地政学用語から離れて、陸地の中心部をハートランド、縁辺部をリムランドといった一般化された形で用いられることもある。中川八洋『地政学の論理 拡大するハートランドと日本の戦略』(徳間書店、2009年)など参照。

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