「ロンドン報告 2012年、初冬」 英国の(反)移民政策

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2012年10月31日

  • 児玉 卓

2010年に誕生した保守党・自由民主党連立政権の下で、英国の移民政策が厳格化している。最近、当地のEconomist誌は“Immigration - The Tories’ barmiest policy(保守党の最もばかげた政策)”と題して同政策を徹底的に批判している。(潜在的)移民にタレント、所得稼得能力があればあるほど彼らにはより多くの選択の余地が与えられている。彼らを迎え入れるべくグローバルな競争を自ら放棄するほど愚かなことはない、といった趣旨である。

Economist誌のウェブサイトには、この記事に対するおよそ400の読者コメントが掲載されている。その内、比較的多くのRecommend(おすすめ)を受けたコメントを拾い読みしてみると、同記事に批判的な意見、従って厳格な移民政策を否定しない意見の受けが比較的いいことに気づく。

最もわかりやすいのがこれだ。「移民がいなければどうなるかって? 失業率が下がって貧困家庭は減る。所得格差も縮小するし住宅だってもっと安くなる。車が減るから渋滞もなくなるだろうし環境にだっていい。発電プラントの新設なんか要らなくなる。郊外の景観がセメントで汚されなくなって、犯罪は減り、病院の待ち時間だって短くなる。(中略)政府の支出が減るから税金も安くなる。これでもまだ足りないかい?」

一方、Recommendが最も多かったコメントは、最近大学院を修了した後、就業ビザが取れずに帰国を余儀なくされた米国人学生のものであり、彼(彼女)はEconomist誌の記事に賛同している。学業終了後に就業ビザを取ることは、雇用主の金銭的負担、英国人で代替不可能な人材であることを証明する必要、転職の道が閉ざされていることなどから事実上不可能であることを自らの経験を通じて伝えている。「法律、開発学、経済、国際関係論などの学位を取った友人たちもみな母国に帰った。反移民論者に幸いあれ、だ。お宅の国がどうなるかは別だけどね」 ここでは現行政策の是非の総括的な判断は避けておきたいが、厳格な移民政策が英国ファンを英国嫌いに変えてしまっていることは確かなようである。

総じて、Economist誌の記事に対するコメントは、移民を頭脳労働者とその他の二つに分けて論じているものが多い。記事への反対論(厳格な移民規制賛同論)の大半は頭脳労働者以外の移民を主たる対象とし、それを英国の経済的・財政的「負担」とみなしている。頭脳労働者や留学生の門戸を狭めること(Economistが批判する政策)を支持する声は少ないが、そのような「良いとこ取り」ができないのであれば、全面的な移民制限も止むを得ないということなのだろう。チープレーバーとしての移民は英国のサービス産業を支えており、概して彼らは英国の非熟練労働者よりも勤勉、という冷静な(?)意見も見受けられるが、このようなコメントはあまり多くのRecommendを獲得できていない。

Economist誌の記事にいささか不用意な点があったとすれば、移民問題を一国の競争力の問題として扱い、移民大国であることのコストにかかわる議論を捨象してしまったことだろう。あまたある英国の大衆紙(誌)が喧伝する、移民の増大による社会保障給付の増加、安価なカウンシルハウス(公営住宅)の居住者におけるマイノリティ比率の高さなどは、頭脳労働者がもたらす経済価値よりも、一般の英国人からすればはるかに目に付きやすい、わかりやすい現象である。移民受け入れによる経済的メリットを強調するには、こうした現象、ないしは通念の妥当性と実際のデメリットへの評価が必要であろう。そうでなければ、政策批判キャンペーンが意に反し、いたずらに反移民論者を増やし、勢いづけることにもなりかねない。

なお、コメントの中には数度、日本が登場している。「日本のようにやればいい。スーパー頭脳労働者だって要らない」という反移民論者の模範として取り上げられることもあれば、「英国が多大な恩恵を受けている移民なしに、日本や韓国がどうやって生き残れているのか不思議だ」という移民歓迎論にも登場する。後者に対しては「日本がうまくやっているって? 政府債務がGDPの200%もあって、新興企業の勃興もなければ年金や福祉を支える経済成長もできない国が?」というコメントが返ってきたりもしている。

いずれにせよ、Economist誌の記事に対するコメントの多さと意見の多様さは、移民政策の遂行に多大な慎重さ、あるいは逆に極めて強い政治的リーダーシップが必要であることを示唆している。となれば、日本で移民政策にかかわる大きな変革は実現不可能とみるべきなのだろうか。そのメリット、デメリットを超えて、移民大国英国から、日本が学ぶべきことは山ほどある。

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