ハード・ローか、ソフト・ローか、それが問題だ。

~社外取締役の選任義務化見送りを巡る「要綱案」雑感~

2012年9月11日

2012年8月、法制審議会会社法制部会は「会社法制の見直しに関する要綱案」(以下、「要綱案」)をとりまとめた。今後、会社法改正に向け、準備が進められるものと考えられる。


「要綱案」には、多重代表訴訟(親会社株主による子会社役員に対する代表訴訟)、支配株主の異動を伴う第三者割当に対する規制、金融商品取引法上の公開買付規制に違反した者の議決権行使の差止めなど、資本市場や企業にとって重要な内容が数多く盛り込まれている。その中で、特に注目されているのは、会社法に基づく社外取締役の選任義務化が見送られ、取引所規則による対応が提言された点のようである。事実、筆者も選任義務化見送りに対する感想を求められることが多い。おそらく筆者が、三論併記されていた原案(「会社法制の見直しに関する中間試案」)のうち、B案(有価証券報告書の提出義務会社に対して、社外取締役の選任を義務付ける)を支持していたことを知って、「要綱案」に対する批判的なコメントを期待してのことだろう。(そのくらいのことは、いくら鈍感な筆者でも察しがつく。)ただ、このテーマ(社外取締役の選任義務化)に関する限り、「要綱案」の結論に対する筆者の感想は、若干、複雑である。


一般論としていえば、独立性の高い社外取締役の選任を、ハード・ロー(法令)ではなく、ソフト・ロー(取引所規則)によって規律づけるという考え方自体は、決して筋の悪いものではない。わが国の法体系の下、ハード・ローに基づいて規制するとすれば「売上高なら何%」、「利益なら何%」、「親族関係は何親等」、「役員報酬以外に受領する金額は何円」といった独立性・社外性に関する明確な基準作りは不可欠である。ところが、こうしたガチガチの数値基準を定めたところで、ギリギリすり抜けてくる「灰色」社外取締役や、形ばかりの「お飾り」社外取締役が粗製濫造されるのは目に見えている。しかも、基準の一つにでも抵触していることが事後的に明らかになれば、たちまち取締役会の構成が違法状態に陥って、その地位・機能が法的に不安定になるリスクがあることも、副作用が大きすぎる。その点、ソフト・ローによる規制であれば、形式よりも実質、画一性よりも柔軟性を重んじた独立性基準を設定できる。また、独立性が事後的に否認されても、直ちに、取締役会の地位・機能が法的に否定される訳ではない。そして何よりも、「ソフト・ロー」という響き自体が、スマート、かつ、エレガントな印象を与える。


とはいえ、ソフト・ローによる規制には重大な問題がある。それは、ソフト・ローによる規制は「人を選ぶ」ということである。つまり、ソフト・ローによる規制は、規制の対象者自身も、そのスマート、かつ、エレガントな規律づけにふさわしい、ある種のノーブレス・オブリージュを意識した「大人」でなければ機能しないのである。


いうまでもなく、ソフト・ローは、法律ではない。つまり、「法律さえ守っていれば、何をしたって許される」と豪語するような規範意識の持ち主は、真っ先に、このスマート、かつ、エレガントなソフト・ローの世界から、つまみ出されなければならない。


また、ソフト・ローの執行機関(例えば、取引所)には、ハード・ローの執行機関(政府当局、捜査当局など)と異なり、通常、強制的な調査権限は与えられていない。つまり、規制の対象者による誠実かつ正直な自己申告(性善説といってもよいだろう)が前提となる。逆に、「見つからなければオーケー」といった規範意識の持ち主は、ソフト・ローの世界の住人にはふさわしくないこととなる。


更に、ソフト・ローでは、一般に、ハード・ローのような直接的で強力なペナルティ(刑事罰、課徴金、法的効力の否定、損害賠償など)が違反者に下される訳ではない。これは、対象者に、「ペナルティが怖いから規律を守る」のではなく、「ペナルティの有無を問わず、規律を守るのは当たり前」という規範意識を求めるものである。特に、「努力義務」については、直接的なペナルティは存在しない。その意味で、「努力義務」は、「やるべきことは自らやる」という真に自己管理能力のある「大人」のための規律だと筆者は考えている。当然ながら、「努力」とは、その目標を実現すべく、真摯に取り組み、力を尽くすことである。確かに、目標の実現そのものは必要ではないが、何らかの成果を示せることが「努力の証」だといえるだろう。口先だけの「努力」で実際にはやる気がないとか、「努力義務だから、守らなくても構わない」とか、むしろ「できないことの言い訳を考える努力をしている」とかいった者には、この高度で繊細な世界からご退出願う必要があるだろう。


ソフト・ローによる市場規制のあり方は、よく “comply or explain” (遵守するか、さもなくば説明せよ)だといわれる。これを「説明すれば遵守しなくてもよい」と解釈するのであれば、全くの見当違いである。 “comply or explain” といった場合、理念的には “comply”(遵守せよ)に主眼がある。 “explain”(説明せよ)は、あくまでも例外的な位置づけである。つまり、規律は当然に遵守すべきものなのである。ただ、その規律を遵守できない特別な事情のある者には、その事情を説明する機会が与えられる。その説明が十分に説得的であれば、例外措置が柔軟に認められるというだけのことである。こうした仕組みが機能するためには、市場関係者の間にある種の信頼関係が存在することが前提となる。その意味では、本稿が、ソフト・ローの世界にふさわしい「大人」と呼ぶ者を、市場規制のコンテクストで具体的に表現すれば、市場関係者との信頼関係を旨とし、これを損なう振舞いを厳に慎む者といえるかもしれない。少なくとも、最初から規律を遵守しないための言い訳の「ひな形」探しに奔走する者に、「大人」の資格がないことは自明であろう。


「法制審議会会社法制部会が、以上のことを踏まえた上で、少なくとも上場会社には、ソフト・ローの世界にふさわしい「大人」の振舞いが期待できるとして、法制化を見送り、取引所規則による対応を提言したのだとすれば、それは一つの見識であろう。あとは、上場会社全体が、同部会の期待に応える行動をとることと、何より、株主・投資者が、個々の上場会社の振舞いを適切に見極めることを期待したい。」


筆者は、当面、(多少の皮肉も込めて)上の括弧のようにコメントすることにしている。

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