「社債市場活性化懇談会 部会」報告公表—期待されるレポーティング・コベナンツの活用—

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2012年08月20日

  • 吉井 一洋
1.報告書公表に至る経緯
2012年7月30日に、日本証券業協会が主催する「社債市場の活性化に関する懇談会」(以下、社債市場活性化懇談会)の部会報告が公表された。わが国の社債市場は、融資の代替として発展してきた経緯があり、米国や欧州と比較すると、経済規模に見合う市場規模とはなっていない。発行企業は、特定の業種の格付けの高い企業に偏っており、保有者を見ても銀行等が中心で、個人、投資信託、外国人投資家のシェアは低い。資金運用手段としての社債の比重も低水準に留まっている。

リーマン・ショック後の金融危機において、間接金融への依存度が高いわが国の企業金融の脆弱性が明らかになり、資金調達手段の分散化・多様化の必要性が強く認識されるようになった。それに伴い、改めて社債市場の育成の必要性が指摘されるようになった。

社債市場活性化懇談会は、このような状況・背景の下、2009年7月に設置された。座長には、福井前日銀総裁を迎え、発行会社、証券会社、投資家その他市場関係者、銀行の代表を委員、金融庁、財務省、経済産業省、日本銀行をオブザーバー(その後、法務省も参加)とした。具体的な論点については、当初は懇談会の下に設けられたワーキング・グループで検討が行われ、2010年6月に同ワーキング・グループの報告書(「社債市場の活性化に向けて」)がとりまとめられた。その後は、同報告書の提案に従い、下記のテーマについて4つの部会で検討を重ねた。検討期間は2010年7月から2年にも及んだ。ワーキング・グループや部会では、特に信用リスクが相対的に大きい低格付企業の社債発行と当該社債への投資の拡大を図ることに重点を置いて検討が行われた。筆者はワーキング・グループと第2、第4部会、筆者が所属する制度調査課の課員が第3部会の委員を務めた。

 第1部会 証券会社の引受審査の見直し等
 第2部会 コベナンツの付与及び情報開示等
 第3部会 社債管理のあり方等
 第4部会 社債の価格情報インフラの整備等


2.第2、第3部会は課題を積み残し
第1部会と第4部会では、相応の成果を挙げ、検討結果の実施、あるいは実施に向けた取り組みが行われている。これに対して、第2部会、第3部会は重要な課題を積み残したまま、現段階で可能な範囲での対応を示している。

第2部会のコベナンツ(※1)については、わが国では他の無担保債務への担保提供を制限する担保提供制限条項が通常付されているが、その対象は社債間に留まり、ローンも含めて同順位(いわゆるパリパス)を確保する条項となっているものはほとんどない。この点について当初はパリパスの確保を求める意見が投資家から示された。しかし、社債がローンよりも劣後することを前提に議論をした方が現実的ということで、パリパス確保のための方策は議論されず、低格付社債への投資が容易となるような多様なコベナンツを発行企業が設定できるよう、コベナンツモデル(参考モデル)を策定することで決着した。ただし、コベナンツモデルの中にはパリパス確保のモデルも含まれている。

他方で、社債がローンよりも劣後することを前提とするのであれば、ローンの担保の内容やコベナンツの内容などが、社債と比較できるような形で開示される必要がある。しかし、この情報開示についても銀行や発行会社の反対が強く、一定の合意には至らず、現行制度の枠組みの中で、自主的な開示を促すこととされた。さらに、発行企業による情報開示が進むよう、日証協が事例集等を作成し、例示することとされた。

第3部会では、社債管理者の利用を促進するため、またメインバンク以外の社債管理業務への参入を容易にするため、社債管理者の権限と義務を限定できないかや、デフォルト後の社債管理に特化した社債管理人の導入などが検討された。しかし、社債管理者の権限と義務の制限には会社法の改正が必要との意見も強く、社債権者への情報伝達・意思結集を容易にするための市場インフラ整備を除けば、具体的な提言を示すまでには至らず、日本証券業協会が関係者と引き続き検討課題の整理を行うこととされた。


3.次善の策としてのレポーティング・コベナンツの活用
リーマン・ショックから約4年を経て、わが国では、社債市場活性化に向けた検討が開始された頃の危機感は薄れつつある。第2部会での検討結果は投資家にとっては決して満足のいく内容ではなかったであろうが、他方で投資家も自ら積極的に意見を述べるという姿勢に乏しかったことは否定できない。もっともこれは社債投資家に限ったことではないが。

今回の報告では述べられていないが、そもそもわが国の情報開示、特に適時開示は、株式投資家を念頭に置いた制度となっており、社債投資家のニーズには十分に応えていないように思われる。たとえば、発行会社の他の無担保債務への担保の提供やローンのコベナンツの変更等の情報などは、それだけでは金商法の臨時報告書の開示対象にはならないし、東証の適時開示の対象にもなっていない。企業が自主的に適時開示を行うとしても、そのためのツールは、マスコミを除けば、発行会社のウェブサイトぐらいしかない。これらの制度の整備・充実が求められるところではあるが、それまでの次善の対応策として、第2部会で提案されたレポーティング・コベナンツの活用に期待したいところである。

レポーティング・コベナンツを設定し、社債投資家にとって重要な事実が生じた際に、社債投資家への報告・伝達を発行会社に対して求めることで、適時開示の代用とすることができる。発行会社にとっても、報告・伝達の範囲をレポーティング・コベナンツを設定した債務の出し手に限定することができる。加えて、レポーティング・コベナンツの設定の有無やその内容が社債投資家の投資判断の材料となり、それが発行企業に報告・伝達内容の充実を促すといった効果が期待される。インフラ整備という問題はあるが、当面の現実的な対応策として、レポーティング・コベナンツの積極活用に期待したいところである。


(※1)債務履行能力の維持を図るため、社債発行企業又は借入企業に課された社債契約上又は借入契約上の特約条項のこと。

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