リーマン・ショックに隠れた資金循環の大きな変化

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2012年03月27日

  • 土屋 貴裕
リーマン・ショック等の世界的なイベントが同時期に起きたことの他に、2008年前後は資金循環上の大きな構造変化が起きている。変化の起点はすでに10年以上昔の話題である。

第一に、2001年度から財政投融資改革が始まった。郵便貯金や公的年金が大蔵省資金運用部(改革後は財政融資資金)に預託する義務が廃止され、郵便貯金、公的年金は自ら市場で運用し、財投機関は必要に応じて財投機関債を市場で発行するといった仕組みに改められた。財政融資資金(資金運用部)への預託金残高は、1999年度末の438兆円から2010年度末の49兆円へ389兆円減少した。

第二に、郵便貯金からの資金流出である。2000~2001年度の定額郵貯の集中満期では、両年度でおよそ100兆円が満期を迎え、うち30兆円前後が郵便貯金の外へ流出したと試算できる。その後、ゆうちょ銀行発足までに貯金は合わせて70~80兆円程度減少した。1999年度末の郵便貯金残高はおよそ260兆円であり、集中満期の2年間で負債(貯金)の4割程度がまとまって満期を迎えることは、ALM上望ましくないことは自明であろう。貯金減少は、満期時期の平準化という観点では望ましいことだった可能性がある。

第三は留意点とも言えるが、1999年度から政府短期証券の発行方式が市中での競争入札に変更されたことである。変更前の保有主体は、日銀や政府(国庫余裕金の振替)、資金運用部を含む公的金融機関といった公的部門が大部分だったが、市中消化の開始以降は、国内銀行等の保有額と構成比が大幅に高まった。発行額も主要な使途である外国為替介入の実施に伴って大幅に増加した。

いずれの資金シフトもその規模の大きさから、資金循環の構造に大きな影響をもたらしたとみられる。住宅向け貸出は住宅金融公庫から民間銀行等へ、預金は郵便貯金から民間銀行等へそれぞれシフトし、財政融資資金の預託金が償還されたことで、国債保有はGPIF(※1)と郵政関連主体が大きな存在となり、株式市場ではGPIFの存在感が高まった。

2008年頃まで大規模な資金シフトが続いたことから、2000~2008年頃のトレンドを現在まで延長して理解することには留意しなければならない。例えば、2000年代、国内銀行の国債保有や預金は一貫して増加しているかに見えるが、国内銀行やゆうちょ銀行を包含する預金取扱金融機関全体では、それほど大きな変化ではなかった。個別金融機関の状況とマクロ的な観点での理解が大きく乖離している可能性が高い。また、1990年代末頃に日本の生産年齢人口がピークアウトし、少子高齢化が加速し始めた時期とも重なる。切り分けは容易ではないが、毎年度の資金シフトはほぼ一定ペースであったことから、トレンドを混同してしまうリスクもある。

そして、2008年前後を境として日本の金融環境が変わったと言えよう。例としては、2008年度まで株式や債券の買い手であり続けたGPIFが、2009年度から原則として売り手になったことが挙げられる。リーマン・ショックや欧州財政問題の陰に隠れる目立たない話題だが、無視し得ない大きな変化ではないだろうか。

(※1)年金積立金管理運用独立行政法人(Government Pension Investment Fund):国民年金と厚生年金の積立金を管理・運用する独立行政法人。2005年度までは「年金資金運用基金」。

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