勝者はいない「ユーロ解体」

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2011年12月19日

欧州の財政問題が混迷を極めている。11月に入ってからイタリアにも混乱が波及し、同国の10年国債利回りは、市場での資金調達が困難になるといわれる7%を超えた。これを受け、モンティ伊首相は2013年までの財政収支均衡を目標とした財政再建策を発表するなど、その火消しに躍起になっている。世界的な信用収縮が生じれば、日本経済への影響も小さくはないだろう。ユーロ圏に対する市場の不信感が日増しに強くなる中、一部の国のユーロ離脱の可能性について議論する報道も多くなった。果たして、ユーロは解体の道を辿っているのだろうか。答えはNOであろう。むしろ、更なる統合への道を模索している。現に、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は、財政政策の協調を目的とした、EUの条約改正を実施することで一致している。その背景には、ユーロ解体(または、一部の国の離脱)そして、かつての自国通貨の再導入が、欧州において現実的な選択肢とはいえない点が指摘できる。

たとえば、ギリシャがユーロを離脱し、かつての自国通貨であるドラクマを導入する際のコストについて考えてみよう。これまで、過去に共通通貨連合からの脱退という事例が見当たらないことから、固定相場制から変動相場制へ移行したアルゼンチンのケースと比較したい。アルゼンチンは、1ドル=1ペソという固定相場制を放棄した際、短期的な強い痛みを経験した。特に顕著であったのが、銀行のバランスシートの悪化である。外貨建て債務の実質的な増加を避けることを目的に、銀行に対して預貸非対称レートが導入されたが、その結果、銀行に多大な為替差損を負わせることとなった。更に、預金流出が相次ぐ中、ドル預金の支払いがペソの実勢相場で行われることが決定したことで、銀行部門への打撃は多大なものとなった。ギリシャの場合、銀行は同国国債の主たる保有者であることから、自国通貨の減価で銀行の実質的な資産価値が減少する中、アルゼンチンで生じたような為替差損の痛みを引き受けることは困難だろう。

他方、ドイツのような中核国がユーロを離脱するにしても、大量の資本流入とそれによる自国通貨(ドイツの場合、マルク)の増価で、国際競争力は低下する。つまり、ユーロ離脱または解体による各国のコストは多大なもので、そこに「勝者」は存在しないのだ。それならば、負担を分かち合い、共存を模索する他、術はない。それこそが、ユーロ加盟各国がWin-Winの関係となれる条件であろう。したがって、「ユーロ離脱か否か」という議論は現実的ではなく、今後ユーロ圏が進むべき答えは、「一層の統合」という別の所にあろう。EU条約改正に加え、債務償還基金の創設や共同債の発行など、統合への道筋をタイムリーに打ち出す必要性が迫っている。

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増川 智咲
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 増川 智咲