ロンドン報告 2011年初冬 スコットランド独立問題と欧州危機

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2011年10月26日

  • 児玉 卓
当地メディアは、10月中旬に行われた世論調査で、スコットランドの英国(United Kingdom)からの独立賛成派が反対派を上回ったと伝えている。UK全土の調査では賛成39%に対し反対が38%、スコットランド内の調査では賛成が49%、反対が37%であった。UK全土でも独立賛成派が上回っていることが興味深いが、前回5月の調査時点では、いずれも賛成派は反対派に満たなかったという。

英国がイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドからなる連合王国であるのは周知のとおりであり、例えばイングランドとスコットランドの関係は、日本の本州と北海道との関係とは全く異なる。何より顕著なのは自己認識の問題である。日本にもそれぞれの地域的アイデンティティを強固に意識している人も少なくないのだろうが、自分は何々県人であって日本人であるのはあくまで法律上の規定でしかないと考える人は、居たとしても稀であろう。しかし、多くのスコットランドの人々にとって、英国民である前にScottishであることは自明である。言い換えると、日本人に比較して、英国では国民国家という概念そのものが人々のアイデンティティと遊離しがちなのだ。

スコットランドでは97年に始まるブレア労働党政権の下で、独自のスコットランド議会が(1707年以来初めて)再開されるなど、自治権の拡大が進んできた。それは労働党政権の地方分権推進政策の結果であり、政権当事者の意識としては、日本などにおける地方分権のそれと大きくは異なっていなかったのかもしれない。国民国家の枠内での統治形態、所得分配のあり方をめぐる政治決断であった可能性が高いということだ。しかし上で見たような地域住民のアイデンティティの相違からして、政治決断としての地方分権が英国と日本などとで全く異なった帰結を招くことは当然ともみなせよう。スコットランドの多くの人々にとって、自治権の強化は英国からの独立への第一歩と捉えられたであろう。

おりしも、今年5月に行われたスコットランド議会選挙では、英国からの分離独立を党是とするスコットランド民族党(Scottish National Party)が大勝利を収めた。同党の党首、従ってスコットランド自治政府首相でもあるアレックス・サモンド氏は、5年以内にスコットランド独立の是非を住民投票で問う方針を明らかにしている。鶏と卵の関係に近いが、このような政治情勢が、スコットランドの人々に独立の実現可能性を意識させ、冒頭の世論調査の結果をもたらしたのかもしれない。

では遠くない将来、例えば2010年代にスコットランドの独立は実現するのだろうか。仮に独立が実現した場合、それはスコットランドの人々に何を与えるのだろうか。

はっきりしたことをいえないのは当たり前だが、いくつかの手がかりはある。それはEUの存在である。欧州における60年に及ぶ統合の歩みは、超国家による国家の抱合の試みと要約できる。それが完結したとき、超国家が国家そのものになるわけだが、国家主権を一つずつ超国家に委譲するそのプロセスの推進には絶大な政治的労力を要する。現在EU、ユーロ圏が直面しているのは、主権の委譲が通貨発行権と金融政策の遂行権にとどまり、財政には至っていないという統合過渡期の矛盾が引き起こした危機である。

このようなEUの存在は、スコットランドの独立に対して2つの含意を与えている。一つは、EUという超国家の存在が、独立促進要因になる可能性が高いということだ。一国の中で所得格差が存在する時、中央政府による所得再分配機能は低所得地域の独立の抑止要因になる。しかし英国から切り離されると同時に、EUという超国家の傘の下に入るのであれば、スコットランドにとっては所得再分配の主体が英国政府からEUに移行するに留まる。こうしたカネの面だけではなく、小国(地域)が国民国家を形成する上で、EUは極めて都合の良い存在であるに違いない。EUなしにチェコスロバキアの分離はありえなかった、とまでは言い切れないが、EUの存在がそれを後押しした可能性は高い。またラトビア等のバルト三国にとって、ソ連邦からの独立が第一義であったことは疑い得ない一方、EU加盟への志向性の高さは小国ゆえであっただろう。加盟交渉に対するトルコののらりくらりした態度も、同国が地域大国であることと無縁ではないと思われる。

スコットランドの独立に関し、EUの存在が示唆するもう一つの点は、分離のあり方に細心の注意が求められるということだ。スコットランドはすでに、独自税制の導入など、部分的な財政主権を獲得している。独立はその完結をもたらすのだろうが、そうであれば通貨も英国と切り離さなくてはならないというのが、現下のユーロ圏危機の教訓である。ではその際、スコットランドは汎用性に著しく欠けるスコティッシュ・ポンドを導入するのだろうか。或いは隣国アイルランドを危機に陥れる一因となったユーロ? 明らかなことは、この段に至り、スコットランドが小国ゆえの悩みに直面せざるを得ないことだ。

現与党のスコットランド民族党は、人々の独立への希求を呼び起こしながら政権基盤を固めてきているのだが、経済運営については余り高い評価を得ていない。独立後の経済を風力発電(の製造)で回していくことができると考えているらしい。独立によってスコットランドの人々に与えられるものが経済危機でないことを祈るばかりである。

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