単体財務諸表の行方

RSS

2011年05月11日

  • 吉井 一洋
政府が2011年4月8日に閣議決定した「規制・制度改革に係る方針」に、「金融商品取引法に基づく単体財務諸表開示の簡素化」が盛り込まれている。同方針では「会計基準のコンバージェンスの状況等を踏まえ、投資情報の有用性が損なわれないように留意しつつ、検討する」とされており、2012年から検討を開始することとされている。

単体財務諸表に関する議論の論点は、大きく分けると2つある。一つは、日本の会計基準をIFRSに近づけていく(コンバージェンス)場合に、連結財務諸表だけでなく、単体財務諸表にも改正後の基準を適用すべきかという論点である。仮に2012年にIFRSの強制適用(アダプション)が決定されたとすれば、やはり同様の問題が生じる。単体財務諸表が分配可能利益や課税所得の算出のベースとなっているところから、会計基準がIFRS化(あるいはIFRSが導入)された場合に、単体財務諸表にまでそれを適用すると、会社法や税法との調整が困難ではないかという問題である。

もう一つは、IFRSへの対応などにより開示情報が増えていく中で、単体財務諸表を廃止・簡素化すべきではないかという論点である。冒頭の規制・制度改革方針に示された内容はこの点に関するものである。

前者のうち、日本基準の見直し(コンバージェンス)においては、まずは連結から先行し、単体財務諸表については時期を見て対応するというアプローチがとられている。(※1)

他方、仮にIFRSを強制適用すると決定した場合の対応については、2010年8月3日の企業会計審議会の会長発言(骨子)で単体財務諸表には任意適用を認める方向性が示されている。もっとも、その場合、単体財務諸表に適用される日本基準は、IFRSとコンバージェンスした日本基準か、そうではない日本基準かという問題が別途生じる。即ち、上場会社の会計基準が、IFRSも含め、三種類存在することも考えられる。

いずれにしろ、投資家やアナリストなどの財務諸表の利用者からすれば、連結財務諸表と単体財務諸表に適用される会計基準が異なる場合には、重要な相違点に関する、定量的な情報も含めた、注記が望まれるところであろう。

後者について、既に2011年3月期の決算短信からは、単体財務諸表作成は一律強制ではなくなった(※2) ことからすると、有価証券報告書での単体財務諸表の廃止・簡素化に向けた外堀は埋められつつあるようにも見える。しかし、規制・制度改革方針で検討課題として挙げられているのは「簡素化」であり「廃止」ではないし、四半期報告の簡素化のように、「大幅な簡素化」が政府の方針として当初から結論付けられているわけではない。さらに、同方針の当初案では「単体の個別決算の意義は乏しい」とされていたのに対し、最終の方針では「投資情報の有用性が損なわれないように留意しつつ」とされている点は大幅な改善と言える。

投資家やアナリスト等の財務諸表の利用者からすれば、連結財務諸表よりも詳細な科目表示や注記があること、製造原価明細書が作成されており損益分岐点分析に有用であること、純資産、取引先別の売掛金・買掛金、保有有価証券の銘柄などクレジット分析に有用な情報が提供されていること、配当は単体ベースで行われることなどから、単体財務諸表の有用性は依然として高い。これらの中には、連結ベースで開示されれば単体では不要の項目となると思われる項目もあるが、クレジット分析に有用な情報や分配可能利益など、単体ベースの情報の有用性も高いと考えられる項目もある(※3)

IASB(国際会計基準審議会)では、財務諸表(連結)の様式の大幅な見直しの議論を2012年から再開する。表示科目の充実、損益分岐点分析に有用な情報の提供なども検討される。単体財務諸表の簡素化は、これらも視野に入れた連結財務諸表の充実の議論とセットで検討することが望まれる。また、IFRSでは、誰と取引しているかといった類の情報が、わが国ほど充実していない。このような情報開示の充実を、わが国からIASBに対して提案していくことも考えてよいのではないかと思われる。

(※1)単体財務諸表に関する検討会議の報告を受けてASBJ(企業会計基準委員会)が判断。2011年4月に、同検討会議から、開発費、のれん、退職給付、包括利益に関する報告書が出されている。
(※2)投資者ニーズを踏まえ、投資判断情報としての有用性が乏しい場合は、不要とされている。
(※3)ちなみに、社債明細表、借入金等明細表は、連結附属明細表で開示されている。社債明細表は発行会社名が付されている。借入金等明細表には会社名や、かつて求められていた借入先名の開示は義務付けられていない。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。