金融緩和政策の「出口への対話」

2011年4月18日

日米欧が超金融緩和策を長期間にわたって継続するという異例な状況に、欧州が終止符を打った。4月7日、欧州中央銀行(ECB)は、2008年7月以来約3年振りの利上げを決定した(実施は4月13日)。事前に複数の要人が4月の利上げを示唆していたため、今回の決定にサプライズはないが、欧州が先陣を切って出口戦略競争から抜け出たことで、二番手となった米国の金融政策に対する注目度が一段と高まる結果になった。

米国経済は堅調な回復が続き、金融システムも正常に機能していることから、マクロの経済・金融面からは超金融緩和政策を継続する必然性は低い。そうしたなか、米国が金融引き締めへ舵を切ってこなかったのは、連邦準備制度理事会(FRB)が掲げる3つの目標([1]雇用の最大化、[2]物価の安定、[3]適度な長期金利)のうち、雇用と物価に下振れリスクが残っていたためである。ただし、失業率は最悪期を脱して改善傾向にあり、ディスインフレ懸念も商品価格の上昇を受けて影を潜めている、という足下の状況を鑑みると、米国の出口の扉も目の前に迫ってきたと言えよう。

日本は、出口の光さえ見えない最終ランナーであるが、世界の金融史においては、過去に超金融緩和政策を二度解除したという経歴を持つ出口戦略の先駆者でもある。具体的には、2000年8月に「ゼロ金利政策」、2006年3月に「量的金融緩和政策」を解除した。しかし、日本の出口戦略に対する歴史的な評価は厳しく、特に、ゼロ金利政策の解除は時期尚早で日本銀行の失政だったという批判的な見方が多い。

ゼロ金利解除が失敗した主因の1つとして、日本銀行と市場との対話が不十分だったことが挙げられる。解除後の政策金利の「水準(名目)」は、現在の米国と同じ0.25%に留まっており、緩和的な金融スタンスに大きな変化はなかったと捉えることもできる。しかし、当時は、日本銀行が金融引き締めへ「方向」転換したという事実の方が重く受け止められ、その後の景気に冷や水を浴びせてしまった。

日本の失敗を意識したのかは不明だが、FRBは3月に市場との対話を強化するため、バーナンキ議長が記者会見を年4回開催することを発表した。最初の会見は、4月27日の連邦公開市場委員会(FOMC)終了後に行われる予定である。日本ではすでに日銀総裁の記者会見が恒例イベントとなっているものの、「出口への対話」という観点から、日本の金融政策にとって参考になることも多いと思われる。何はともあれ、米国のお手並み拝見といきたい。

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