取引所の国際的な再編について

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2011年03月14日

最近、NYSEユーロネクストとドイツ取引所の統合計画に代表されるような取引所の国際的な再編を巡る動きが活発化している。それに伴い「わが国市場の地盤沈下を防ぐためにも、国際的な再編の流れに乗り遅れるな」といった主張も盛んに行われているようである。確かに、巨大な「システム装置産業」にも喩えられる「取引所ビジネス」において、システム投資の効率化などのため、国際的な「業界再編」を進めることには、合理的な「経営判断」だといえるかもしれない。しかし、「市場」そのものにとって取引所の国際的な再編がどのような意味を持つのかは、別途、考える必要があるだろう。

取引所の国際的な再編といっても、指数などの「数値」を取引するデリバティブ市場ならばともかく、現物株式市場の場合、国境を跨ぐ形で複数の取引所を一つにすることは現実的とは考えにくい。市場法制、会社法制、契約法制、破産法制などといった制度環境は、国によって異なっている。営利企業の私設取引システム(PTS)ならばともかく、上場審査や売買審査などといった自主規制や、清算・決済の円滑・安全な実施などといった役割も担う取引所を一元化して運営することは難しい。言い換えれば、株式という現物資産の授受を取扱う以上、市場の属地的性格がどうしても強くなるのである。その結果、国際的な再編といっても、実際には、持株会社の傘下に両国の取引所が子会社の現地法人としてぶらさがるというのが現実的な統合方法となるだろう。

これを前提として、取引所の再編が市場に与える効能として何が考えられるだろうか?しばしば指摘されるのは流動性の向上である。確かに、同一の商品を取引している複数の取引所が統合すれば、それまで分断されていた需給が一本化され、流動性や価格形成機能の向上が期待できると考えられるだろう。しかし、同じ持株会社傘下の兄弟会社とは言え、別の取引所として運営されているのであれば、直ちに、同様の効果が期待できるとは限らない。まして、全く別個の商品を取引している場合には、効果は期待しにくい。

また、相互補完やシナジーが指摘される場合もある。確かに、いわゆる相互上場を進めれば、上場商品の品揃えを拡充する効果はあるだろう。しかし、品揃えが増えたからといって、各商品の市場が拡大するとは限らない。また、双方の取引所の主力商品を組み合わせて新たな指数を設計するということも考えられる。しかし、これもその指数にどれほどの価値が認められるか次第だろう。シナジーについても、例えば、現物株式と株価指数デリバティブのように相互に関連した商品を上場している取引所同士ならば、あるいは連携の効果が期待できるかもしれない。しかし、ほとんど相互に関連性のない商品を上場しているもの同士の場合、果たしてどの程度の効果があるか疑問であろう。

更に、取引所の時価総額が高まれば、その取引所の国際的な地位が向上し、より多くの取引を呼び込むことができるという指摘もある。しかし、この議論はそもそも現物株式市場のみに着目した議論であって、今日、注目されているデリバティブ市場としての実力を測ることはできない。また、現物株式市場に限定して考えても、二つの取引所の時価総額を単純に足し算しただけで、個々の株式市場の実力が向上する訳ではない。例えば、時価総額1兆ドルのA国のa取引所と、時価総額3兆ドルのB国のb取引所が、共通の持株会社の下に統合すれば、確かに時価総額4兆(=1兆+3兆)ドルの新たな国際取引所グループが出現することにはなる。しかし、そのことはA国の株式市場の規模が4倍に拡大したことを意味する訳ではない。ましてや、それによってA国の株式市場により多くの取引が呼び込まれたり、A国の上場企業の株価が上昇したりすることを保証するものでもない。

その他にも、取引所の国際的な統合に後押しされて、例えば、グローバル・オファリングなどにつき、各国の規制の共通化が促進されるのではないか、という期待が示される場合もある。確かに、こうしたことは大いに期待したいところではあるが、最終的には各国の監督当局の判断ということになるだろう。また、仮に各国の規制の共通化が実現したとしても、実際に、各国において、どの程度グローバル・オファリングが実施されるかは、別途、検討しなければならない問題であろう。

このように考えていくと、2つのポイントが浮かび上がってくるように思われる。一点目は、事業会社のM&Aと同様、取引所の再編はあくまでも「手段」であって「目的」ではないということである。国際的な再編という行為そのものが重要なのではなく、国際的な再編によって何ができるのかが重要なのである。二点目は、取引所はあくまでも「市場」というインフラを運営する主体であって、「市場」そのものではないということである。もちろん、「市場」にとって、その運営者の行動は重要である。しかし、より重要なのは、その「市場」を通じて取引される中身である。取引所の国際的な再編という外見に注目する余り、上場企業自体の魅力を高めるという本質が見失われるようならば、本末転倒の謗りを免れないように思われる。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳