経済における安全保障の視座

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2010年06月09日

  • 中里 幸聖
沖縄の米軍普天間基地移設問題や韓国哨戒艦沈没事件が耳目を集めている。いずれも政権の安全保障に対する姿勢と覚悟が問われる重大問題であり、普天間基地移設問題は鳩山前首相辞任の一因ともなったが、現政権の対応の如何を論じたいわけではない。いかなる政治体制になろうと不変である地理的な位置に基づく、安全保障に関わる事象と日本経済との関わりと指摘したい。

安全保障を含む広義のインフラは大前提として、経済学的な考察の対象外とされることがしばしば起こるが、現実の経済活動では様々な影響を及ぼす(※1)。特に資源関係は、1970年代の二度の石油危機に典型的に表れているように、軍事的な要素がまとわりついている。また、安定した秩序が構築され、治安が良好であるからこそ、正常な経済活動が営まれる。このことは、世界の紛争地域では中長期の経済プロジェクトが頓挫してしまうことからも明らかであろう。

地図を広げてみればわかるように、朝鮮半島は日本列島の脇腹に突きつけられたdagger(短剣)である。朝鮮半島が敵性勢力に支配された場合、日本列島の独立維持、秩序ある社会経済活動には死活問題となる。そのため、古来よりわが国の政権は、朝鮮半島が敵性勢力の支配下とならないよう神経を使ってきた。軍事的な行動を起こした典型事例が、古くは7世紀の白村江の戦いであり、近代では日清・日露の両戦争である。ただし、白村江の戦いは日本の敗北に終わっている。日清・日露の両戦争は、司馬遼太郎「坂の上の雲」(文春文庫など)等に詳しいので、書籍でもNHKの番組でも、当時の日本人の必死さを追体験してみてはいかがだろうか?

通常の時間軸ではわが国の地理的な関係が変化しない以上、朝鮮半島、シベリア、中国大陸等の周辺地域における政治勢力が、わが国に友好的か否かは、日本列島の為政者として常に配慮すべき問題である。少なくとも独立を維持できるだけの安全保障体制は構築しておくべきであり、自由で活発な経済活動もそうした安全保障というインフラの上に成立するものである。

現実的には、在日米軍をはじめとする西太平洋における米軍のプレゼンスが、極東域での軍事バランスを保っており、その前提の下で、わが国の経済活動が遂行されている。この前提が崩れれば、様々な経済活動も大きく変わらざるを得ないであろう。安全保障という視座をおろそかにしてしまえば、経済発展についても先行きを見通せない。

第二次世界大戦終了後、安全保障問題は、一般国民にとって正面から取上げることにためらいがある、あるいはあまり認識されてこなかったと思われる。米軍普天間基地移設問題、つまり安全保障問題を一因として首相交代が生じたことを契機に、もう一度わが国の地政学的な現実を顧み、経済活動を含む対外活動の方針・戦略を再考すべきではないだろうか。

(※1)安全保障は空間的な概念と密接に関わるが、マクロ経済学的な視点では空間的な発想はしばしば捨象される。この点に関連して、2008年12月4日付の本コラム(持続性の高い「まち」再構築へ)では、生活者の視点から述べているので、参照されたい。

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