取引所ルールへの期待とその限界~金融審スタディグループ報告書を巡って~

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2009年07月16日

2009年6月17日、金融庁の金融審議会金融分科会の「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ」が、報告書「上場会社等のコーポレート・ガバナンスの強化に向けて」(※1)を発表した。報告書では、大規模な希釈化を伴う第三者割当、社外取締役・監査役の独立性、株式併合やMBOによるキャッシュアウト、株主総会の議決結果の開示など、わが国の上場会社のコーポレート・ガバナンスを巡る問題が多岐にわたって取り上げられている。例えば、社外取締役の設置について、義務化までは求めないものの、取引所がモデルを提示し、それを踏まえてそのガバナンス体制の内容・理由について十分な開示を求める、株式の持合いについてもその状況の開示を求めるなど、重要な内容が含まれている。

今回の報告書の大きな特徴の一つに、上場会社等のコーポレート・ガバナンスについて、取引所ルールが特に重要な役割を果たすべきことを求めている点が挙げられる。確かに、市場の信頼・ブランドを守るという取引所の使命からすれば、法律よりも高い規範に基づく規律付けを行う点にこそ取引所ルールの意義があるとさえ言えるだろう。その意味では、理念的には、報告書の方針は正鵠を射たものである。問題は実効性、即ち、どんなに立派なルールを作っても、それが守られなければ意味がない、ということである。

上場会社に取引所ルールを遵守させるための最終的な制裁措置としては「上場廃止」がある。しかし、上場廃止は、対象となる会社だけではなく、その株主にとっても保有株式の換金機会が大幅に減少するなど、多大な影響が及ぶ。従って、上場廃止には、どうしても慎重な運用が求められる。そこで、取引所としては、上場廃止以外の制裁手段(=エンフォースメント)の多様化を進めている。例えば、東証の場合、注意勧告、改善報告書、特設注意市場、上場契約違約金などの制度を設けている。ただ、刑事罰や課徴金といった強力な制裁手段がある金融商品取引法と異なり、あくまでも金融商品取引所という民間組織の自主ルールである以上、採用できる制裁手段には限界がある。

もちろん、制裁の有無に関わらず、高度の自己規律を実践している上場会社も存在していることは事実である。しかし、残念ながら、不祥事や少数株主等の利益を著しく損なうような資本政策などが後を絶たず、中には取引所ルールを意図的に無視しているのではないかと疑われるような事例が見受けられることも事実なのである。法律ではない自主ルールによる規律付けが機能するためには、ルールを制定・運用する組織の権威を参加者が尊重することが大前提である。この前提が成り立たない状況の下では、取引所に過大な期待をかけることは難しく、取引所や市場参加者のみで対応できることにも限界がある。例えば、取引所の勧告を無視した悪質な事案については、取引所からの通報に基づいて当局が申立を行い、裁判所から金融商品取引法に基づく禁止・訂正命令を出してもらうなどといった当局による連携・支援が不可欠ではないかと思われる。

(※1)報告書「上場会社等のコーポレートガバナンスの強化に向けて」をご参照下さい。

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執筆者紹介

金融調査部

主任研究員 横山 淳