人事・健保・退職給付
退職給付会計基準改正とその影響

2010年8月25日

  • 年金・社会保険コンサルティング部 松原 寛

平成19年8月、企業会計基準委員会(ASBJ)と国際会計基準審議会(IASB)との間で日本の会計基準と国際財務報告基準(IFRS)のコンバージェンスを加速化することの合意(東京合意)が公表されて以降、企業会計基準委員会からいくつかの会計基準改正に関する公開草案が公表されてきたが、退職給付会計の改正に関する公開草案についても平成22年3月に公表された。

今回の改正内容で、確定給付型の退職給付制度を採用している企業の財務諸表に大きく影響を及ぼすのが「未認識項目の処理方法」、「割引率の見直し」の2つであろう。

現状の未認識項目に係わる会計処理では、退職金制度、退職年金制度の制度変更に伴って発生する過去勤務債務、年度末に予測退職給付債務と実計算による退職給付債務との差額、及び年度末の予測年金資産と年度末の年金資産時価との差額で発生する数理計算上の差異は、一旦簿外処理し、平均残存勤務期間等の一定年数以内、又は、未認識項目残高に一定率を乗じて費用化している。改正後の会計処理では、未認識項目の費用処理方法は変わらないものの、発生時の未認識項目は簿外処理できず、負債(又は資産)として即時認識すると同時に、税効果会計を適用の上、包括利益計算書のその他の包括利益を通じて貸借対照表の純資産の部(その他の包括利益累計額)で認識することになる。借方差異(不利差異)が発生した場合、貸借対照表でその発生分の負債が増加し、その負債の増加分を税効果調整の上、純資産の部のその他の包括利益累計額に反映させ、純資産を減少させるということになる。

多くの企業で未認識項目の残高が借方差異となっていると思われ、改正後の会計処理を適用した場合、負債(退職給付引当金(改正後は「退職給付に係る負債」))が増加し、純資産が減少することになるだろう。

割引率を決定する場合、現状は従業員の平均残存勤務期間に応じた期末の安全性の高い債権の利回り(期末における国債、政府機関債及び複数の格付機関による直近の格付けがダブルA以上)を基礎として決定している。

公開草案では、割引率の決定について以下のように示されている。

  • 原則  退職給付の見込支払日までの期間ごとに設定された複数のもの
  • 実務上 給付見込期間及び給付見込期間ごとの退職給付の金額を反映した単一の加重平均割引率

原則として、退職給付債務の計算には退職給付の見込支払日までの期間ごとの複数の割引率を使用することとなっているが、この場合、退職給付の見込支払日までの各期間に応じた債券利回りの有無が問題になる。ある期間の利回りが無い場合には、何かしらの補正等が考えられるが、公開草案では具体的な方法の提示はされていない。この部分については、確定案が公表された時点で何を基準に決定すればよいか等の指針が提示されるものと思われる。

複数の割引率を使用する代わりに、多くの企業が「単一の加重平均割引率」を使用すると思われるが、この方法を採用しても、現状使用している割引率が使用できるとは限らないことには注意が必要である。単一の加重平均割引率を決定する際には、現行と同様にある期間(現行は平均残存勤務期間)を算出することになる。ある期間とは、給付見込期間及び給付見込期間ごとの退職給付の金額を反映した期間、つまり給付額の平均支払い期間になる。この期間の算出方法は、平均残存勤務期間の算出方法とは異なる為、割引率を決定する際の期間が変わる可能性がある。割引率決定の期間が変われば使用する割引率も変わることになり、その結果、割引率が低下して退職給付債務が増加することも考えられる。

今回の公開草案が適用されると、退職年金制度を採用している企業の会計処理が今まで以上に市場環境の影響を受けやすくなるだろう。退職年金制度を採用している企業の貸借対照表の影響について考えてみると、好景気であれば、市場金利、株価等も高くなるため、割引率が高くなり退職給付債務は減少、株価上昇に伴い年金資産は増加し、退職給付債務と年金資産の差額は縮小する(もしくは、退職給付債務<年金資産となる可能性もある)。仮に、退職給付債務>年金資産であれば、景気回復前に比べて退職給付に係る負債が減少すると共に、純資産に計上する税効果考慮後の退職給付に係る調整額も減少することになる。しかし、現状のように不景気になれば逆の現象が起こり、退職給付債務と年金資産の差額は拡大して退職給付に係る負債は増加すると共に、純資産を減少させる退職給付に係る調整額も増加することになる。このように、退職年金制度を採用している企業では、景気変動の影響を受けることにより、純資産が増減するというリスクを負うことになる。

平成22年5月末で公開草案に関する募集コメントは締め切られたが、募集コメントの中には適用時期延期を支持する意見が多かったようである。平成22年6月に公表された「包括利益の表示に関する会計基準」では、個別財務諸表への適用については1年後を目処に判断するとなっており、1年先送りされることになった。今回の退職給付会計の公開草案についても、全ての改正内容が予定通りに適用されない可能性もあるため、今後の動向を注視していきたい。

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