第8回 境界の思想から共存の思想へ
国際政治の発想として、「俺とお前たちは違う」とラインを引く境界の思想がある。一方「私とあなたは違うかもしれないが、お互い仲良く暮らしましょう」という共存の思想がある。
19世紀までヨーロッパの基本的な動きは境界の思想であって、そうして自分たちの世界を拡大してきた。
しかし、もともと文明は並列的に存在し、相手に対抗する場合でも文明の新しい担い手が、共存の思想を持って進んでいけば衝突は起こらない。そういう衝突が起こらない世界を作っていくことが期待されている。
山内 進氏 一橋大学学長
[36:29]
対談動画(ダイワインターネットTV)
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- 【川村】
- 本日のゲストは、一橋大学学長の山内進先生です。先生は、ヨーロッパの中世法制史を中心に欧州社会の拡大について、歴史的な観点から多角的かつユニークな研究業績のある碩学です。最初に、山内先生と中国との縁の始まりについて簡単にお話しいただけますでしょうか。
- 【山内】
-
我々日本人は、中学・高校で漢文を習うように中国に対し深い関心と関係を持っています。高校一年のときに習った詩が中国の一番初めの印象となったのですが、それは『詩経』に載っている、日本語で言うと「桃の夭夭たる」花嫁の歌でした。詩経国風の周南の詩で、今でも覚えているのは「桃の夭夭たる 灼灼たり其の華」というので始まる文章で、「この子ここに歸(とつ)がば 其の室家に宜しからん」というものです。「こんなお嫁さんがいたらいいな」という詩ですね。しかも桃になぞらえていて、非常にいい印象を受けました。漢文で中国に関心を持ったのが一つです。もう一つは、下村湖人が書いた『論語物語』という本を読んで感激し、それから論語を初め中国文学に関心を持ち続けたことです。大学受験の時も中国文学を専攻しようかと考えたほどです。
大学は法学部で、法制史としてヨーロッパ法の歴史を専攻しましたから、直接的には中国と離れていました。最初に中国を訪問した時は、上海に行き復旦大学と上海財経大学を案内してもらい、中国への関心が再び呼び起されることになりました。さらに関わりを強く持つようになったのは、一橋大学の法学部長になる頃ですが、中国との交流を盛んにしようと中国社会科学院と協力してシンポジウムを行ったことで、そのときの成果は一部が本になっています。もう一つは、中国社会科学院を訪問したときに人民大学も訪ねたところ、当時の王利明法学院長が交流に積極的であったことから、一緒にやっていきましょうと話が進み、何度か交流でシンポジウムを開いています。
- 【薛軍】
- 日本国内では一橋大学はとても有名です。一方海外では、一橋大学は社会・人文科学専門で理科系がなく規模が小さいためあまり知られていませんが、中国では積極的に北京事務所を立ち上げ、活発に色々な活動をされています。
- 【山内】
- 日本と中国は、当時「政冷経熱」という関係にあり、政治とは別のレベルでもっと強い絆を作っていく、関係を強化するのが大事である、そのために一橋大学は文化の一部を担う存在として役に立つべきだと考えて、北京に事務所を作ったのです。積極的に大学レベルでの交流を強化する、いろいろな出来事があっても我々の間ではとにかく着実に歩みを続けましょうということですね。
- 【薛軍】
- 私は、少人数で団結力がある一橋大学の学風がとても好きです。北京での活発な活動のように、一橋大学はどうやってOB会の組織や留学生を海外での展開に活かしているのでしょうか。
- 【山内】
- グローバリズムの時代ですから、一橋大学も世界的な競争の中で留学生の獲得競争も含め頑張っていこうというのは当然あります。一橋大学は割合と規模が小さな大学で、その代わり高い質を求めます。この高い質の中には、卒業した後も、ずっと大学が役に立つという側面があります。そのため、同窓会組織がしっかりしていて、卒業後も付き合いがずっと続く集いを作り、一橋大学に入ってよかったと卒業生が思えることが大事だと思っています。留学生にも、帰国後でもまた大学を来訪する、現地で交流を深めるというような機会を、いろんな形で設けたいと思っています。
- 【川村】
ところで、山内先生の『北の十字軍』を読んで、実は知らなかったのですが、バルト海の方に行っていた十字軍があるそうです。compelle intrare(入るように強制せよ)の発想に裏付けられたキリスト教世界の政・経・文が一体となった拡張運動が、実は大航海時代にもつながっていき、それが西欧社会の拡大と強くリンクしているとあります。他方で、当時の中国は世界のGDPの約3分の1を占める大国でした。それをヨーロッパの拡張運動が海から侵食していき、アヘン戦争の時代になると、強大な中国があっという間に西欧に蹂躙されてしまいます。ただし、結果としてバルト海沿岸とか、ヨーロッパの外縁部のようにはcompelle intrareが、アジアでは実現できていないようですが。また、中国を筆頭にアジアがプレゼンスを高めてくる中、今後のアジアと世界の行方について、大胆な仮説を提示するとしたらどんなものになるでしょうか。
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