地方自治体にかかる損失補償の無効問題に学ぶリスク分担のあり方

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財政援助制限法第3条によれば、「政府又は地方公共団体は、会社その他の法人の債務については、保証契約をすることができない」とされている。地方公共団体が他人の保証人になり不確定な債務を膨らませることで財政の健全性をおびやかすことのないようにと定められた。もっとも、一見似ていて紛らわしいが、「損失補償」というのがあり、こちらは問題ないものとして債務保証の代わりに広く使われてきた。地方公共団体が会社その他の法人の債務に対して「損失補償」をすることを認める行政実例があったからだ(※1)。東かがわ市で温泉施設を営む第三セクター「ベッセルおおち」が、信用保証協会の保証付で金融機関から借りた3,000 万円を、利率が割安ということで市の損失補償付の融資に借り換えたというエピソードがあったように、信用補完策において有利な選択肢と捉えられてきたように見受けられる(※2)


近年、その損失補償が、もとより禁止されている信用保証と実質的に同じであり無効だという見解が出てきている。川崎市コンテナターミナルの経営破たんに伴って川崎市が損失補償金を支出したのは違法という判断(横浜地裁平成18年11月15日)があったが、長野県安曇野市の第三セクター「三郷ベジタブル」に対する損失補償についても同じような見解が出されている(東京高裁平成22年8月30日)。損失補償は、民法上の保証契約とはいえないまでも、それと同様の機能、実質を有するものということだ。確かに、信用補完という機能は同じである。本来であれば回収不能リスクを見込み、金利が若干上乗せされるであろうところ低利で借りられ、経営悪化が高じ数ヶ月返済が滞ったときに第三者が弁償してくれる仕組みも変わらない。


注目したいのは損失補償という契約そのものが翻っているわけではないことだ。先の安曇野市の判決文においても、財政援助制限法3条の立法趣旨に反しない、すわわち「主債務者に対する執行不能等によって既に発生が確定している損失を事後的に補償する内容であって地方公共団体が不確定な債務を負うのではない」本来の「損失補償」も在りうるとしている。


ここで、件の「損失補償」の根拠となった行政実例をみてみよう。大分県総務部長が、大分県信用保証協会が保証する特別小口融資について地方公共団体が損失補償することは、自治体の信用保証を禁じている財政援助制限法第3条に抵触するかと問合せたのに対し、当時の自治省行政課長はそうではないと回答した。昭和29年5月12日のことである。ここで問合せの対象となっている「特別小口資金」は地方自治体の小規模事業者に対する融資制度のひとつである。原則として無担保かつ第三者保証人が不要な融資制度であり、事業者は銀行に借入を申し込む。銀行から借り入れるにあたって信用保証協会が保証人になってくれる。信用保証協会は保証債務の履行に備え、保険機関に信用保険をかけるのだが、特別小口資金の場合はさらに地方自治体の損失補償がある。


信用保証協会の保証が付いている貸出の場合、万一経営破たん等により返済不能に陥ったとき、銀行は信用保証協会に代位弁済を請求することとなる。信用保証協会が保証人として事業者に代わって金融機関に弁済するのだが、その際信用保証協会は元本の7割~8割が保険金として保険機関から支払われる(※3)。もっともそれで終わりではなく、この保険金は中小企業信用保険法により信用保証協会に回収と返納が義務付けられている。担保権の実行や他の保証人への求償など手を尽くし、回収できた分は保険機関に納付しなければならない。


ただ、特別小口資金の場合は、原則として無担保かつ第三者保証人が不要であるから、みるべき資産がないなど主債務者に対して請求ができないということであれば、確かに経営破たんした時点で損失が確定したとみなしても大きな間違いはないように思われる。その上、弁済金は信用保険によっても回収されるとすると、その自治体の条例にもよるが、損失補償が発動されて支払われる部分は残債の1割~2割と見込まれる。それを回収努力を尽くした後になお残る損失額とみなしてもそれほど違和感ない。また名前の通り小口資金だから、もともとの金額も小さい。冒頭に示した、債務保証に実態は同じとみられた「損失補償」のように一定時点で残った債務額をそのまま損失額とみなすのとはタイプが異なる。


本来、債務保証と損失補償はどちらも信用補完機能を持つ点では同じであるが、損失補償は清算手続きを尽くしてなお回収できなかった額を対象としており、想定される支払の額や頻度からみても信用保証とは別のものだ。特別小口資金にかかる損失補償契約が認められていたとしても、だからといって債務保証と同じように使うにはやや拡大解釈のきらいがなかったか。

信用保険・損失補償 / 信用保証

この問題を教訓として今後どうするべきか。債務保証と類推されぬよう損失補償契約の文言を改めるという策もありそうだが、根本的に考えれば別の解決策がよいかもしれない。そもそもは地方自治体が時期と金額において不確定なリスクを抱え込むことが問題ではないか。これが1件2件でなく多方面に渡るとなお不確定の度合いは大きくなる。そこで思わぬ履行責任が生じて資金ショートしてしまったら困る。いざ支出しなければならなくなった補償金がいつでも予算対応できる額に収まっているとは限らない。要するに、貸し手のリスクが固定、いやゼロにもかかわらず、地方公共団体側が一方的にリスクを負いかつその量が不確定という関係性である。これをひっくり返して、地方公共団体のリスクが固定し、貸し手のリスクが不確定という関係性にするのはどうだろうか。たとえば会社その他の法人の開業時に相応のバッファ資金(エクイティ)を拠出するとか、または公益性のコストとして毎期一定額を「サービス購入料」形式で援助する類のリスク分担がベターと筆者は考える。他の純然たる民間企業との競争関係からみればゴルフの公式ハンディキャップのようなものだ。万一の際にも地方公共団体は原則として追加支出は行なわず、その分は貸し手が負担することになる。負担するのは貸し手だけでなくスポンサーその他利害を有する民間企業も考えられよう。これが、地方公共団体が不確定なリスクをむやみに抱えることのないフェアな信用補完のあり方ではなかろうか。

(※1)東かがわ市ホームページより「住民監査請求に基づく監査結果についてPDF [243.55KB]」(平成21年5月19日)から。
第三セクターは平成19年12月に経営破たん。翌年、市が損失補償契約に基づき借入先に約5000万円を支払った。平成21年5月、これに異議を唱えた市民オンブズマンが住民監査請求を請求したが、2か月後に棄却された。
(※2)昭和29年5月12日自丁行発第65号行政課長から大分県総務部長あて回答
(※3)特別小口保証は8割で、その公益性が反映されている。

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