機関投資家による株主総会議決権行使結果開示

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サマリー

6月の株主総会シーズンが近づくと、議案を可決に導きたい上場企業は、機関投資家がどのような議決権行使方針を持っているかを探り、場合によっては賛成票を得るために機関投資家を訪問して説明に努める。2010年からは、上場企業の株主総会で賛成票の票数や比率を公表するよう義務化されたこともあり、可決することは当然として、反対票をできるだけ少なくするための様々な働きかけが、機関投資家に向けて行われているのである。


一方、機関投資家側も、運用を委託された資金で購入した株式にかかる権利である株主総会議決権をどのように行使したかを開示することが要請される場合がある。現在は、投資会社(投資顧問、投資信託)が投資先企業の株主総会における議決権行使結果を集計して開示しているほか、信託会社や生命保険会社も概ね同様の開示を行っている。集計結果の開示とは、たとえば投資先100社の株主総会で、取締役選任議案として何人が候補者となり、それに対して何人に賛成票を投じ、何人に反対したかを集計して開示することをいう。特定の会社の特定の取締役候補者の誰に賛成し、誰に反対票を投じたかまでは開示されない。


しかし、この機関投資家による議決権行使結果の開示を2004年から行っている米国では、個別の取締役候補者への賛否まで詳細に開示されるし、他の国々で同様の開示を行う場合も集計数値の開示のみにとどめるということはないようである。そのためか日本でも個別の結果開示の検討が進められる方向にある(※1)


機関投資家が議決権行使結果を開示するべきであるとする根拠は、機関投資家が負担する受託者としての責任に求められる。委託者から委ねられた資産に関する権利の処理結果を委託者に報告することは当然であると考えられるからだ。とはいえ、委託者が関心を持たないことまで報告するとすれば煩雑である。そのため、米国においてさえ、ごく最近になるまでこのような開示が必要であるとは考えられていなかったのである。実際、機関投資家による議決権行使結果の開示が、国際的な常識になっているかと言えば、そのようなことは全くない。2011年のOECDの調査(※2)によれば、機関投資家の議決権行使結果開示を制度化しているのは、オーストラリア、米国、インド、チリであり、調査時点でスペインとスイスで導入の動きがあったようである。英国ではスチュワードシップコードという投資業界の自主的な取り組みとして開示が強く推奨されていたという状況だ。


機関投資家は、委託者つまり金融商品の購入者に向けて様々な情報を発信している。運用の方針、運用環境の見通し、過去の実績の評価、手数料体系など、委託者が購入の意思を決定するのに必要と思われる情報である。では、議決権行使の結果開示は、委託者が望む情報なのであろうか。もちろん関心を示す委託者はいるだろうが、多くの委託者にとっては必要とされないだろう。だからこそ、これまで開示されなかったのである。


機関投資家の議決権行使結果開示は、委託者向けではなく、広く市場参加者ひいては社会全体に向けた情報開示であるという考え方も可能かもしれない。大株主は、企業の経営の帰趨に影響を及ぼし得るのであるから、その議決権行使結果は、他の市場参加者にとって有益な情報であるし、企業の成長は社会の関心事でもある。そのため、支配力を持つ株主には、責任ある議決権行使が求められるとは言えそうだ。とすれば議決権行使結果開示の主体は機関投資家に限られず、ある会社の株式を一定量以上所有するすべての投資家ということになるだろう。


議決権行使結果開示が誰に向けた情報かはともかくとして、制度化するのであれば、それに伴うコスト/ベネフィットの比較が必要となろう。ベネフィットは、投資家による企業ガバナンスの強化であったり、社会における企業行動の適正化などであろうが、定量化は困難だ。一方、直接的なコストは小さいはずである。機関投資家内部では、議決権行使結果の詳細な記録が残されるのが通常だからだ。あとは、これをWebサイトに掲載するだけであるから、ベネフィットの方が大きいと結論することは容易である。


しかし、開示によって機関投資家の行動そのものが変質することもあり、このコストも考えなければならないだろう。開示されるとなれば、外部からの評価を受ける可能性がある。様々な立場から機関投資家の議決権行使結果が評価されるとすれば、委託者以外の者への配慮が議決権行使に混入する恐れがあるのではないだろうか。それはあたかも、一人ひとりの有権者が国政選挙で何党の誰に投票したかを明らかしなければならないようになれば、自由な意思決定ができなくなるのと同じである。


機関投資家の議決権行使結果開示には、ベネフィットも期待できるが、目に見えないコストの発生も考えなければならないのではないだろうか。


参考レポート:大和総研調査季報2013年4月春季号 vol.10「企業ガバナンス規制における費用便益分析の視点(要約)」(近日全文公開)


(※1)2013年4月24日付け日本経済新聞朝刊「議決権行使 個別に開示 機関投資家に要請」
(※2)OECD “The Role of Institutional Investors in Promoting Good Corporate Governance” ,2011

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