世界経済・政治研究所
中国社会科学院「最近の人民元安をどのように見るか」

2015年10月15日

  • 肖立晟

2015年8月11日、中国人民銀行は人民元の対米ドル中間レートの算出システムの変更を発表した。変更後はマーケットメーカーが毎日銀行間外国為替市場の開始前に、前日のマーケット終値のレートを参考にして、外貨の需給状況や国際主要通貨の為替レートの変化を総合的に考慮し、中国外国為替取引センターにレートを提示することとした。この発表後、人民元レートは3日連続して下落した。累計で人民元の下げ幅は5%を超え、過去20年間で最大となった。この件に対する世論の注目度は高く、強い米ドルと中国経済の減速という二重の圧力のもと、多くの人が人民元レートは下落傾向を形成するのではないかとの疑問を抱いている。人民元安は経済にとって重大な衝撃となるのか、市民生活のどのような面に影響があるのか?ここで、最近の人民元安を正確にとらえる必要がある。

なぜこの時期に人民元を切り下げたのか?

人民元レート切り下げの直接の原因は、中国人民銀行が人民元の対米ドル中間レートの算出システムの変更を発表したことである。切り下げのいきさつをはっきりさせるには、まずこの変更の目的と影響を明らかにする必要がある。今回の変更の主な目的は、市場の需給を反映する人民元レート形成システムの構築である。現在、中国国内には二つの人民元レートがある。一つは、中国人民銀行が毎日午前の取引前に発表する中間レート、もう一つはオンショア外国為替市場取引で形成されるスポットレートである。中国人民銀行が設定する外国為替市場の規則に基づき、中間レートは毎日取引前に全てのマーケットメーカーの提示レートから最高値と最低値を取り除いた加重平均価格としていた。これは、理論上は狭い幅で動く変動為替相場制度である。しかし、実際の運営状況を見ると、中間レートの決定は中国人民銀行の政策意図を大きく反映したものとなっており、中間レートと前日のマーケット終値には頻繁に大きな差が現れていた。2015年上半期、人民元の対米ドルスポットレートは一日の変動幅の上限に達することも多かったが、逆に中間レートは安定しており、中間レートと市場レートは長期的に乖離していた。このような状況は、中間レートが市場の力では決定されず、多くは中国人民銀行によってコントロールされていたことによる。市場は中間レートの基準としての地位と権威に疑問を持ち始めていたのである。今回の変更は前日終値の市場レートを参考基準としており、規則の透明性を大いに高め、外国為替市場における価格形成の有効性を強化し、市場の需給が主導する人民元レート形成システムの形成に役立つものである。

人民元の対米ドル中間レートの算出システムの信頼性を整備することは、人民元レート形成システム改革の重大な進歩であり、中国人民銀行の金融政策の自主性を高め、外部からの衝撃が国内金融市場に与える影響を軽減させることに役立つ。以下、具体的な影響について見ていく。

キャリートレードによるクロスボーダーの資金流出入にともない惹起される衝撃を低下させる。2014年3月の人民元為替改革(訳者注:為替変動幅に対する制限を緩和)前の資金流入をもたらしたキャリートレードも、2015年第1四半期の資金流出をもたらしたキャリートレードも、人民元レート形成システムに抜け穴が存在したことに大きく由来している。以前の中間レート算出システムでは、中国人民銀行は自らの力だけで世界のキャリートレードに対抗しているに等しかった。例えば、鍵となる時点で、市場に介入することや、突然為替レートの変動幅を拡大することを通じて、キャリートレードによるコストを引き上げることが挙げられる。だが、海外資本も容易に中国人民銀行の意図を読み取り、新たなキャリートレードの戦略を実施する可能性がある。このようないたちごっこは長く続けられるものではない。終値のレートを参考にすることは、人民元レート形成システムの市場化を進めるのに役立ち、クロスボーダーの資金流出入が合理的な動きとなるよう導き、一方向にエクスポージャーが累積することが避けられるであろう。

オンショアとオフショアの人民元レートの収斂を促進する。8月初め、国際通貨基金(IMF)は人民元がSDR(Special Drawing Rights、特別引出権)の構成通貨に採用されるための条件に関する評価報告書の中で、香港オフショア人民元レートとオンショア人民元レートの間に比較的大きな差があると指摘している。仮にSDRの人民元レートがオンショアのレートで計算されれば、オフショア人民元の金融商品を保有する投資家はSDRを利用してリスクをヘッジすることができなくなる。オフショア人民元レートの市場化がさらに進めば、外部からの衝撃があるたびに激しい下落に見舞われることになる。他方、オンショア人民元レートに中間レートの算出方法変更の影響が大きくなるとしても、変動幅はオフショア人民元レートの変動幅より小さくなるだろう。中間レート算出システムがさらに市場連動化を進めれば、市場化がより進んでいるオフショア人民元レートの変動は、逆にオンショアのレートの変化に影響を及ぼし、オンショアとオフショアの人民元レートの収斂が促進され、人民元がSDRの構成通貨に採用されるための条件により適合する可能性がある。

これまでに蓄積された人民元安のプレッシャーを解消する。米ドル高基調の下、FRBの利上げは既定路線であり、世界の資本が利上げが実施されれば新興国市場から流出するとの予想が大勢であることから、中国経済もひとり安閑なままいられるわけではない。現在中国の資本収支赤字は拡大し続けており、貿易業者と個人投資家は米ドル建て資産と人民元建て負債を保有したいと考えている。このため、人民元レートはすでに元安圧力に直面している。中間レート算出システムの変更はこれまでに蓄積した元安圧力を一度に解消する上で有益である。注意する必要があるのは、中国人民銀行が次のように態度を表明していることである。「人民元の対米ドル中間レートの算出システムを整備した後、市場は一定期間の適応と試運転を必要とする。中国人民銀行は注意深く市場を監視し、市場の期待を安定させていくだろう。」これは、人民元レートが短期間のうちに急激に減価することはなく、中国人民銀行は人民元が徐々に合理的な水準に収斂することを希望しており、マクロ経済におけるファンダメンタルズに符合しない、行き過ぎたレートが形成される時には、直ちに市場期待を安定させる手段を取ることを表明したものである。

人民元レートは下落傾向を形成するのか?

これまでに蓄積された人民元安圧力が大きいことから、中間レート算出システム変更の発表後、人民元レートは大幅に下落した。8月11日~13日の累計で、人民元の対米ドル中間レートとスポットレートの減価は5%程度にまで及んだ。市場は一旦人民元レートがこれから下落傾向に陥り、クロスボーダーの資金が大量に中国から流出することを疑った。だが、人民元は減価傾向に陥ることはない。理由は次のとおりである。

  1. マクロ経済のファンダメンタルズは人民元安に陥ることを支持していない。2015年第2四半期の経済成長率は依然として7%という高水準を維持しており、経常黒字は766億米ドルに達し、GDP比は約3%である。短期的には、中国の経済成長率が世界経済の中でまだ上位にあることから、人民元の(通貨)価値を安定化させる一助となっている。真の懸念点は、資本勘定を開放した場合に、個人が金融資産を世界の様々な通貨建て資産に分散したいというニーズにある。現在多くの個人は外貨建て資産を保有していない。これは主に資金持出手続きが煩雑で、持出上限といった制限が多く、海外への投資方法が限られていることが原因である。今回の改革後、もし個人による自由な対外投資が可能となった場合、国内の株式市場の変調や為替レートの下落に対し、国内資本がどのように動くのかが注目される。20兆米ドル近い個人金融資産の分散ニーズに対し、3.7兆米ドルの外貨準備はすぐに使い果たされるだろう。このことから、中国人民銀行がなぜ資本勘定の自由化の前に人民元レート算出の変更による市場化を推進するのかが理解できる。
  2. 外為市場におけるレバレッジは高くないことから、人民元レートが連鎖的な下落に転じる可能性はない。今回の人民元安と先日の株価暴落は類似しており、政府監督部門の市場に対する認識不足や、過度の自信が資産価格の崩壊につながったと考える人がいる。だが、今回の為替レート改革の状況は異なるものである。それはまず、人民元安の直接の原因は、中国人民銀行が中間レート算出システムの変更を発表したことである。この措置は為替レートが真に市場の需給によって決定されることを目指しており、為替市場の市場化を推進するものである。ただ、発表されたのが金融マーケットのリスク過敏な時期で、変更の本旨の市場への浸透が十分でなかったことから、国内外で人民元の売り注文を引き起こすことになった。一方、中国株式市場が6月に急落したのは、監督システムに一定程度の抜け穴があったからである。もう一つは、人民元外為市場におけるレバレッジの圧力が相対的に小さいことである。中国の外為市場のレバレッジの圧力は株式市場よりはるかに低い。中国の外為取引は限定された市場である。参加者は主に各大銀行であり、市場取引は主に銀行間での外貨の売買にとどまり、銀行自身はそれほど多くのエクスポージャー(リスク資産)を保有しておらず、さらには外貨建ての金融派生商品を運用してレバレッジをかけることもない。つまり外為市場には株式市場における「ロスカット」のような派生取引による制御できない空売りの力が現れることはない。このような環境であれば、中国人民銀行の市場を安定させる能力に疑う余地はない。
  3. 企業の外貨建てエクスポージャーは有限であり、人民元に対する持続的な売り注文の圧力にはなりえない。人民元レートに影響される市場主体のもう一つは貿易企業である。上半期の人民元レートの堅調により、多くの国内の貿易企業は大量の外貨債務、特に香港ドル債務を増やした。人民元レートの下落はこうした貿易企業の為替リスクを高めるため返済不安をもたらし、人民元レート下落の圧力を形成している。しかしながら、企業の対外債務の増加スピードは速いものの、全体の規模は依然として小さなものである。2015年の第1四半期、中国の対外債務残高は1.6兆米ドルである。うち短期対外債務残高は1.1兆米ドルで、対外債務残高の約70%を占める。また、人民元の対外債務残高は8,047億米ドルであり、対外債務残高の約50%を占めている。つまり、対外債務のうち70%が短期債務であり、さらにその50%は人民元建て債務となっている。真にリスクがある短期対外債務はわずか5,600億米ドルである。中国の3.7兆米ドルの外貨準備は十分にこれら短期対外債務による売り注文に対応することができる。

人民元安は一般市民の生活にどのような影響をもたらすのか?

人民元為替レート改革は金融改革の重要な構成部分である。表面的には今回の変更によって一時的に人民元安となったことで、おそらく一般市民の海外での消費や旅行などに一定の影響があったかもしれない。だが実際には、これは一歩進んで個人に外貨リスクを提示し、外貨の保有主体を民間にも分散させる上で有益なのである。2005年の為替レート改革から2013年3月までという長期にわたり、人民元に対する増価圧力が継続し、海外資本が大量に流入した。為替レートの弾力性が乏しかったことから、中国人民銀行は預金準備率の引き上げによる資金吸収を通じて、資本流入の圧力に対応し、最終的に4兆米ドル近い外貨準備が累積した。2013年上半期から現在に至るまでは、米ドル高基調の影響を受け、人民元は継続的にドル高・元安の圧力にさらされてきた。もしこれまでの硬直したレート水準を維持すれば、4兆米ドルの外貨準備も次第に失われていくだろう。人民元の対米ドル中間レート算出システムの変更は、レートの弾力性を高め、人民元レートが真に市場の需給状況を反映する上で有益である。個人部門も貿易企業も徐々に人民元レートの変動リスクを認識し、主体的に一部の外貨資産を保有することで、中国人民銀行の外貨準備管理に対する圧力が軽減され、リスクを全体に分散させるという目的を実現できる。今回の下落は一時的な衝撃であり、人民元が下落傾向を形成することはない。資本勘定は漸進的に開放されていく過程にあり、人民元レート形成システムの改革は民間部門の資産配分の多様化を推進し、外貨リスクの累積を減らすことに有益である。

概して、今回の人民元中間レート算出のシステム変更は確かに人民元の下落幅を広げたが、これは全て一時的な変動であり、下落傾向が形成されることはない。人民元レート形成システムの市場化改革の最後の一歩として、今回の変更には驚きはあっても危険はなく、市場の需給を基礎にした真のシステムを構築するものなのである。

(2015年8月発表)

※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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