金融研究所
中国社会科学院「中国株式市場よもやま話」

2015年9月4日

  • 王松奇

6月26日、A株市場では約2800銘柄のうち2000近い銘柄がストップ安となったことで、どれくらいの個人投資家がビルから飛び降りたくなるような心情に至ったのか知る由はない。中国株式市場が設立されてから現在まで、わずか25年である。理論面、実践面ともにまだよちよち歩きの段階であることから、あれこれと出てくる状況は危ぶむに足らず、毛沢東の言葉を引用すれば、「道は曲がりくねっているが、前途は明るい」のである。次にいくつかの挿話を語り、惨澹とした市況のもとにある人々の心情を解きほぐしたい。

1、最初に株式市場を推し進めたのはどのような人か

中国株式市場開設の最初の推進者は、今では人々の記憶からも薄れた何名かの若者(王波明、章知方、高西慶など)であった。ウォール街で少しばかりの実践を踏んだ留学生が北京の崇文門ホテルに事務室を借りて「証券交易設計聨合弁公室」という団体(対外的な略称は「聯弁」)を設立したことに始まる。最初に計画された取引は現在の新三板市場(店頭取引市場)の株式取引システムに類似していた。彼らは公開で取引を行うという株式市場の設立の長所を余すところなく宣伝するとともに、複雑で困難な上層部の説得という難関も突破し、最終的に開設に成功したのである。1990年11月26日に上海証券取引所を設立、その開設式典は崇文門ホテルで行われ、筆者も来賓として招かれた。式典に出席した最高指導者は全国工商業連合会主席の経叔平であり、党・政府機関の大物指導者は参加していなかった。このことから、当時の人々がまだ株式市場という資本主義のシステムに警戒心を持っていたことがわかる。もし今日であれば、政治局常務委員、はては総書記が駆けつけて然るべき出来事である。しかし、当時の環境からすれば仕方のないことであった。経叔平の祝辞は李青原による模範的英語で同時通訳され、全世界に向けて中国に株式市場が誕生したことを宣言した。

2、上層部がかつて抱いていた三つの懸念

西側のものであり、資本主義のものであった株式市場が1990年代初めに中国に取り入れられた際、指導者たちはそれをどのように捉えたのであろうか?最初にこの問題を検討したトップ会議は中南海の紫光閣で行われた。当時の共産党TOP3の指導者が順に提出した問題は、(1)株式市場は貧富の二極化をもたらすか?(2)株式の発行とその取引は国有資産の流失につながるか?(3)株式はインフレーションを助長するか?であった。この三つの問題は今から見ると少し幼稚だが、当時の歴史的背景を考えれば、その心情やその問いの論理性を疑うことはできない。1988年に共産党中央指導部の北戴河会議で提出された大胆な価格改革によって同年夏に全国的な買い漁りが発生し、物価が急騰したことを背景に、人々はインフレを頻繁に連想するようになったことから、政治的社会的安定を考慮し、改革を進める者たちも自然とインフレを懸念するようになった。また、1989年の「6.4」動乱(天安門事件)という政治事件後の反ブルジョア自由化などの政治宣伝は、人々に全ての行動において自らが社会主義革命に立脚することを表すことを浸透させた。ある人が中国に株式市場は必要なのだろうか?と、鄧小平氏に尋ねたところ、鄧氏の態度は「試してみればいい、だめなら即閉める」というものであったという。鄧氏が明確な支持の態度を示している以上、政策執行部門は制度設計時に最高指導者層が心配したいくつかの問題を「適切」に考慮している。具体的には、(1)株式の発行と取引がインフレを促すのを防ぐため、株式の毎年の発行量を管理し、毎年の発行額は国家計画委員会によって決め、その額も多額にはしないこととした。(2)国有資産の流失を防ぐため、「巧妙な」制度措置を設け、株式市場は主に国有企業の資金調達の場とした上、国有企業等の株式の流通を制限し(例えば1/4)、大部分は流通させないようにした(例えば3/4)。このように、株式がどのように取引されようと、株価がどれだけ上昇しようと、国有企業の支配権は国の手にしっかり握られたのである。

発行額のコントロールから、上場企業の株式を流通株と非流通株に分ける設計まで、巧智をきわめた株式市場開設計画の目的は、最高指導者層を安心させることである。つまり、株式市場はインフレを激化させることなく、国有資産を流失させることもないのである。

3、奇妙な童話が疑問を解き明かす

中国株式市場は設立された時から先天的な欠陥があった。具体的には、①正常な株式市場は企業価値を検証するプラットフォームであるが、中国の株式市場は主に国有企業の資金調達が設立の目的であった。②一般的に株式市場は一国の経済のバロメーターであると言われるが、中国株式市場の動向はこれまで経済と直接に連動するものでなかった。③運営が良好な株式市場は、資源配分に重要な役割を果たすものとされるが、中国の株式市場は上場基準の設定から株式発行審査の決定まで、背後には権力と金の力による「トンネリング」(少数株主から支配的な株主への資金の移転を通じた少数株主の利益搾取)が横行していた。④情報の正確さと透明性は資本市場の健全な成長の必要条件であるが、中国の多くの上場企業と上場直前の企業は財務上の粉飾を行っていた。⑤株式市場の取引は公平に拠るべきだが、中国では証券業の多くの従業員は公然と違法や違反となるような取引の操作を行っていた。中国の株式市場が開設された最初の10年はこのように問題が山積しており、現代中国における代表的な経済学者である呉敬璉先生が「中国の株式市場は賭博場であり、時に賭博場も及ばないほどである」との感慨を述べるほどであった。呉先生による当時のこのような評価は即座に四名の経済学者の怒りを買うことになった。厲以寧、董輔祁、韓志国、呉暁求が激しい言葉で呉先生に対して批判を行ったことは当時注目された。中国株式市場が抱える上場企業の「株式(流通株、非流通株)の分断」という欠陥に関して、正規の分析の中では華生の論文が最高レベルの代表である。非正規のものでは北京大学物理学部を卒業した20歳あまりの張衛星という若者が書いた一篇の物語「新淘金記」(新・金採掘記)があり、1999年11月に「証券市場週刊」に発表された。この童話仕立ての文章は数ある論文や専門書に勝り、これだけで中国株式市場の弊害やその原因を明確に説明している。あらすじは次のとおりである。

郭家山には二つの峰があり、一つは濾峰、一つは深峰と呼ばれていた。そこで金鉱が発見されたことから、多くの一獲千金を夢見る人々が採掘に押し寄せたが、郭家山に着くと正門には管理委員会による貼り紙があった。その内容は、(1)採掘には危険が伴うが、事故が発生しても責任は一切負わない。(2)採掘するには必ず先に許可証を受け取り、不法な採掘は禁止。(3)管理の都合上、採掘者は株式会社を立ち上げること。(4)金鉱は革命聖地である郭家山にあることから、採掘許可証は山に住む姓が郭である人にだけ発行する。採掘許可証を姓が郭ではない外部の人に譲渡することは禁止。(5)姓が郭でない外部の人がここで採掘するには、必ず「良民証」を取得すること。そうすることで、姓が郭の山の住民との投資提携の権利を得られる。(6)この投資提携権は譲渡可能だが、それは必ず金鉱管理委員会が開設する譲渡取引ホールで行い、それ以外での取引は厳禁。(7)具体的な譲渡金額は双方で自由に決定するが、取引する双方はともに郭家山金鉱管理委員会に税金を納めて取引の合法性を証明する必要がある。―――このあと、作者は姓が郭である山の住民が採掘を行う際、いかにして株式を流通株と非流通株に分けるか、流通株をいかにして割増価格で発行して外部の郭姓以外の提携者からもうけるかなど、こうした過程が童話形式で生き生きと描写されている。当時は一般庶民のみならず、我々体系的金融教育を受けた者もこれを読み、中国株式市場の本質をリアルに深く解説していると感じたものである。

4、今回は誰が牛(ブル相場)飼いだったのか

なぜここで中国株式市場の古い、それほど重要ではない挿話を持ち出したのかというと、その理由は“6.26”、いわゆる「ブラックフライデー」が非常に衝撃的であったからである。これまでの状況を振り返ってみると、以下の通りである。(1)実体経済が怪しくなっている状況で、主要な権威的なメディアによる再三の煽りのもと株式相場が高騰した。(2)証券信用取引を利用する人が多数に上り、時には不動産さえ担保に入れて資金を株式市場につぎこんだ。(3)2014年の国の印紙税収入は667億元に達し、今年は2000億元を突破する見込みである。(4)市況が上昇基調であることを背景に大量のIPOが行われ、特に、いくつかの大型国有企業のIPOが行われた。(5)上海総合株価指数が2000ポイントから5000ポイントへ上昇したことで上場企業の価値としての国有資産が膨張した。(6)2015年3月に開催された全国人民代表大会と中国人民政治協商会議の期間、中国人民銀行の周小川総裁は、株式市場への資金流入は実体経済を支えてもいると語った。周総裁は優秀な経済学者であり、株式市場と実体経済との関係と違いについてしっかり理解している。中国の全てのテレビ視聴者が政策担当者の言外の意味を聞き取れるよう、このように語ったのであろう。(7)さらに、2015年5月25日に発行された「人民日報」の第一面に有識者が現在の経済情勢について談話を寄せている。「困難を直視し、力を維持すれば、未来は明るい」と語り、その中で八つの信号を発している。そのうち四つ目の信号は「上昇相場は長期的に必要」であった。この有識者によると、中国の現在の状況は、一般市民が持続可能な財産所得を得ること、実体経済のために資金を提供することが必要な状況であるとしている。この目的を達成するには投資と融資のチャネルをつなぎ、大量の貯蓄を投資へ転化させなければならず、このことは資本市場を通してのみ実現することが可能である。そのため、健全な上昇相場を維持することは中央政府の戦略的決定であり、場当たり的な方策ではない。もし政策の調整をうまく処理することができるのであれば、この上昇相場を少なくとも三年間は維持すべきであるとしている。

それでは、このように選択が難しい混乱した状況下で一般市民はどうすればいいのだろうか?

もし筆者が個人投資家であれば、最も簡単な考え方として、まず自分が中国の株式市場を賭博場と見なしているのか、マーケットと見なしているのかを明確にすることである。もし賭博場と見なしたなら、ギャンブラーの素質を持ってそれに参加し、負けてもそれを甘受することである。もし株式市場について財産所得を継続的に増加させるためのプラットフォームと考えるならば、投資理論に基づき、業界を分析して、銘柄を選択し、辛抱強く所有することである。このような心理状態で理性的に市場へ参加すれば、たとえ株式相場に起伏があったとしても動揺することはないだろう。

(2015年7月発表)

※掲載レポートは中国語原本レポートの和訳です。

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