アジア太平洋三人行

対談
第8回 境界の思想から共存の思想へ(3/3)

  • ゲスト 山内 進氏 一橋大学学長

対談動画(ダイワインターネットTV)


川村

日本の大学教育には、大衆教育なのか、エリート教育なのかという対立軸と実学教育なのか、基礎教育なのかという対立軸があります。日本のかなりの数の大学では「レミディアル教育」と称して、理科系の学生に高校数学から教え直す部分があります。すると、全体が足を引っ張られ、良い意味でのエリート教育はなかなかできません。片方で実学か教養かというのも、MBAコース、ロースクール等は実学ですが、哲学、歴史、文学、美術といった基本も必要という動きもあって、いろいろな議論が錯綜してきたと思います。一橋大学の学長という立場からはどんなふうに考えておられますか。

山内

私が学長になってから、「スマートで強靭なグローバル一橋」をスローガンに、「スマートで強靭なグローバルリーダーを育てます」ということをうたい文句にしています。ある意味でエリート教育と言っていいと思います。それでは、どういうリーダーを育てるのかというと、大学の憲章の中に、「構想力ある専門人」、「理性ある革新者」、「指導力ある政治経済人」の育成とあります。我々は、前身の東京商科大学時代から産業界のリーダーを輩出するということを基本としてきたわけで、その点から一番近いのは「指導力のある政治経済人」の育成であると思います。さらに「構想力ある専門人」というのは、自分の知識を武器に世の中で生きていける人間を作ることですが、自分で企画できる人間になるにはイマジネーションが必要です。そのためには幅広い知識が必要となり、専門的な教育はもちろんリベラルアーツ的部分も重視されます。スマートと言っているのは、要するに賢くてかっこいい、そして強いリーダーを育てたい、そういう意味を込めています。教養はいろいろな体験・経験を経て身に付くもので、大学としてはいいキャンパスつまり環境を作ることが必要だと思います。

もう一つ、実学の問題ですが、基本的に社会科学は実学だというのが私の考えです。社会科学は、社会をよりよくするための学問、社会で起きているいろいろな問題を見て、その問題を解決していくという学問です。そういう意味において実学だと考えます。哲学や文学では極端な言い方をすると、「自分は人を殺す権利がある」ということを作品の中で書いてもいいのです。それは、一つの文学であり、哲学であるということです。昔から学問は、詩や文学、哲学、史学とか、ある意味で王様や貴族の学問でした。一方、社会科学は近代になって発達してきたものです。社会で起こっているいろいろな問題に対処するには伝承のような知恵がありましたが、それ自体は学問ではありません。ところが、ヨーロッパはそういう知恵を学問化していきました。それが経営学や経済学となるわけです。自分たちの知恵のレベルであったものを非常に優れた学問にして、社会システムをまさにシステムとして知的に作っていき、それを運営していくことが可能になったのです。そういう知恵的なレベルのもの、たとえば軍事学でも単に軍人のレベルの問題ではなく学問として確立しています。軍事行動も、軍事的天才の思いつきで動かすのではなくきちんと学問的に詰めるのです。城を造るにも数学者がいて、工学が発達してきます。いろいろな人に伝えて、より良くしていくシステムを作ったわけです。これは、「人は何のために生きているのか」というレベルの世界とは、ちょっと違います。中国では、非常に優れた人たちが政治の世界に就きましたが、彼らの関心は漢詩を作ったり解釈したりすることで、日常の世界で民衆の生活レベルを上げるためにどうするかといったことには基本的に関心がありません。要するに、現実の民衆の世界と上の層をつなぐために学問的なシステムを作っていくという関係がありませんでした。一方、ヨーロッパでは現実の世界の解決策を学問的な形にして大学で考えていきます。それも何世紀もかけて学問を作っています。日本は、そこにできたエキスをうまく取り入れ、「教育は大事だ」とお金もない時代に学校や大学を作ってがんばったわけです。

薛軍

大変勉強になりました。貴族の学問と、大衆・国民一般の学問としての社会科学を区分する視点に感服しました。ところで、中国と日本の大学生の違い、また日本の教育制度についてコメントを頂けますか。また、留学制度についても学長の立場からお話を伺いたいのですが。

山内

古典的な意味で大学教育がエリート教育であるという時代は終わっていますから、全ての学生について「今の日本の学生は」とか、「中国の学生は」と言っても結構難しいと思います。日本でも優秀な人の集まる大学の学生は活気もあるし、一生懸命やろうという気概に満ち溢れていると私は思います。中国も同じでしょう。ただし、競争圧力は中国の方がはるかに強く、中国の学生のほうがいろいろな意味で気合が入っているのではないでしょうか。日本では、基本的にいろいろなインフラや財、資産が国の隅々まで行き渡ったと思います。この点はおそらく日本史上一番良い時代です。そういうものの上に今の学生たちは育ってきており、そのことを学生たちに思ってもらいたいのです。日本をこれからどうしていくかと考えるときには、お金のないときに一生懸命やってここまで来たという発想の延長で考えるとあまりうまくいきません。これだけの財産をもらい、今ある資産をどうやって活用していくかということを考えるべきだと思います。また、中国の皆さんが一生懸命勉強し、非常に優秀というのは間違いないと思います。ただし、人民大学や清華大学での例ですが、学生の雰囲気は積極的ですけれどもアグレッシブっていう感じではなくて、オープンマインドで明るい感じでいいなと僕は思いました。日本の学生と中国の学生とは、違う面もたくさんあると思いますが、共通している面も結構あります。そういう面では、これからお互いに一緒にいろいろやっていけるのではないかと思います。もう一つ留学生制度の話ですが、私たちは留学生を積極的に受け入れようと考えています。一橋大学の場合は学部より大学院生の方が多いのですが、学部レベルからも来ています。

薛軍

私は、大学院は日本で、大学は中国です。

山内

それはオーソドックスなスタイルだと思います。学部からの進学は自分の国での足場を失うことになりかねず、なかなか大変です。一橋大学の場合、アジアから来ている学生は545人いるのですが、そのうち中国は197人、韓国は192人、5人差です。学部から来ているのは韓国からが105人と多く、中国が30人です。大変な決心をして学部から来ている学生がいてくれるのはありがたい話なので、私たちはそういう人たちを大事にしたいと思っています。留学生の就職に関しても、一橋大学は、産業界、経済界に強いので、力を入れています。

川村

歴史の話、大学の話、研究の話、多岐にわたっていろいろ教えていただきましてありがとうございました。今後ますますご活躍いただければと思っています。

山内

どうもありがとうございました。

薛軍

どうもありがとうございました。

ダイワインターネットTV

アジア太平洋三人行 バックナンバー

第17回 人民元の国際化を乗り越え、中国は資金供給国としての役割の認識が必要に

  • ゲスト 渡辺 博史 氏
    国際協力銀行副総裁

貯蓄超過のアジアの資金をアジア内で循環させるには、金融取引の障壁を低くし、資金が流れる仕組みや環境の整備が不可欠だ。パンダ債発行や人民元との直接取引開始等で官が先行しているが、5-10年をかけ民間にイニシアティブを移すことが必要となろう。
人民元の国際化は不可避であり、自由化の速度をどう調節するかが課題だ。
中国が地域間の資金偏在を解消できれば、日本とともに世界に対し資金の根源的な出し手の地位にいたる。そのとき、日中両国が協力しあえば、世界への貢献度、発言権はきわめて大きくなる。それは、今後10年、20年の間に、政府や民間が互いに意識して連携できるかどうかにかかっている。

第16回 中国は、長期の視野の下で、安定的な発展モデルを考えることが必要

  • ゲスト 崔 保国 氏
    清華大学副院長

今、世界は成長の危機に直面している。100年前には目指すべき発展モデルがあったが、今後の100年を展望するとき、そうしたモデルは存在していない。中国は、自身の知恵を絞り、安定的かつ長期の経済及び社会の発展モデルを考える必要がある。
中国は一人当たりの資源量がきわめて小さいため、次代の発展を支えるのにどのようにしていくのかが一番の問題となっている。これをうまく解決できないと、世界はいつまでも爆弾を抱えているのと同じ状態になる。
問題の解をみつけるためには、今後100年といった長い視野で、過去を振り返って反省し、未来を考えていくということが必要である。

第15回 内需主導に向け、中国は為替レートの制限緩和と需要拡大策が必要

  • ゲスト 吉野 直行 氏
    慶應義塾大学経済学部教授

中国は、輸出依存による高成長から、内需拡大による成長持続を目指していかねばならない。今後、必要な政策は、為替レートについて固定制からバスケット通貨制の方向に動いていくこと、経済成長を維持するために内需の中に成長を支える柱を作っていくことだ。
内需には、消費だけでなく、住宅投資、公共投資があり、政府消費として教育、年金、医療、社会保障も増加が見込まれ、各分野で適切な政策対応が必要となる。
為替レートに関しては、バスケット通貨のウエイトを徐々に変えていく調整が適当だ。今後は、元とユーロ、元とウォンのように、自国通貨と他国通貨との交換開始というかたちで取引を拡大していくべきである。

第14回 アジアの世紀に向け、日中間の人の交流拡大が急務

  • ゲスト 福地 茂雄 氏
    アサヒグループホールディングス(株)相談役、(公財)新国立劇場運営財団理事長

21世紀はアジアの世紀といわれ、環境や水産資源などの問題も含め、日本と中国との関わりあいはますます拡大する。そうした中で、日中の相互理解の促進には、人の面で日本と中国とがもっと行き来をし、交流しないといけない。
今、日本の主要都市は太平洋側、アメリカの方角を向いているが、九州や長崎を窓口とすれば、中国は東京よりも近い。日中はその近さを活かして、物理的移動をともなう人の往来を拡大し、それにともなう物や芸術文化の動き、交流へと波及させていくことが急務である。

第13回 日本の経験を糧に、アジアの持続的な経済発展及び調和社会の実現へ

  • ゲスト 鈴木 茂晴 氏
    大和証券グループ本社 会長

中国は、経済成長過程でまだ低いところにあり、なお大きな成長の余地を残している。
世界で一番成長しているのは、中国を中心とするアジアであり、地理的に近い日本にとってビジネスチャンスが拡大している。また、日本を先行事例、または反面教師として研究することで、持続可能な経済発展あるいは調和のとれた社会の実現に近づくことも可能であろう。
地理的な近さに加え、きちんとした関係を結んでいけば、日中間は30年後、40年後も良い関係でいられるはずである。

第12回 民間同士、政府同士がウィン—ウィンの関係を保つことが交流の深化に

  • ゲスト 樋口 武男 氏
    大和ハウス工業株式会社 代表取締役会長

中国のいい点は政策運営のスピードであり、メリットといえるが、逆に言えば規制はすぐに変わる。中央や地方政府の政策運営には、つねにアンテナを張っておかねばならない。 グローバルに事業を展開していく上では、先入観で物事を判断せず、現地でしっかりコミュニケーションを交わし、ネットワークを構築するのが第一だ。
さらに民間同士だけでなく、政府間の連携・コミュニケーションをも密接にし、国同士ウィン—ウィンの関係を保つことが大事である。それによって、民間企業の関係がさらに深まっていくという連鎖が、交流を深めるには必要だ。

第11回 精神文化に立脚した尊敬される日本人へと意識改革が必要

  • ゲスト 古賀 誠 氏
    衆議院議員

本当の日本の国益は、お金ではなく文化である。それを、ものやお金の豊かさが幸せの尺度だと、高度経済成長の中で誤ってしまった。あの国はすばらしいと、日本人の精神を世界が尊敬してくれるというところの価値観への切り替えが遅れたのだ。
国民もそれがわかりつつあるのではないか。国民一人一人の意識復興、意識改革ができるかどうかに、日本の国の浮沈がかかっている。
そして、海外諸国と精神文化の面でも本音で話をできるような信頼関係を築き、継続させていくことが50年先、100年先を見据えて必要なことではないだろうか。

第10回 助け合いや絆の強まりを新たなネットワークに拡げ、岩手の復興をアジアの発展へ

  • ゲスト 達増 拓也 氏
    岩手県知事

岩手県の復興計画は8ヵ年計画であり、今はまだ最初の1年が終わった初期の段階にある。内外を含めた多くの支援を受けたので、改めてお礼を申し上げたい。ただし、復興にいたるまでは引き続き支援や協力をお願いする。
復旧・復興の中で、するべきことを明らかにし、計画にまとめ、予算や事業のかたちにして進めていけば、地元の底力に海外を含め外からの力も加わって、大きな力で復興を果たすことができると思う。復興を果たした上で、アジアに貢献できる岩手県として、アジアの皆と一緒にアジア全体の発展に力を尽くしたい。

第9回 多様な相手への深い理解が長期の暖かい交流の礎に

  • ゲスト 前田 新造 氏
    株式会社 資生堂 代表取締役 会長

日本がグローバル化を果たす上で克服しなければならないのは、相手をどれだけ深く理解できるかだ。多様な人々や国情に対応し、共存を図っていくことが重要である。中国進出でも、現地のお客様を知るということを大切にし、経営、研究開発、美容相談等いかに現地に根付いていくかを考えてきた。 中国とは歴史的な交流が深く、漢字文化など互いに共通する面も多い。相手を理解しようという心を先ず持つことが必要だ。その上で、中国の人々といい関係が続く時間をどれだけ長くできるかと考えると、百年の大計が大事なキーワードとなるのではないか。

第8回 境界の思想から共存の思想へ

  • ゲスト 山内 進 氏
    一橋大学学長

国際政治の発想として、「俺とお前たちは違う」とラインを引く境界の思想がある。一方「私とあなたは違うかもしれないが、お互い仲良く暮らしましょう」という共存の思想がある。19世紀までヨーロッパの基本的な動きは境界の思想であって、そうして自分たちの世界を拡大してきた。しかし、もともと文明は並列的に存在し、相手に対抗する場合でも文明の新しい担い手が、共存の思想を持って進んでいけば衝突は起こらない。そういう衝突が起こらない世界を作っていくことが期待されている。

第7回 国の強みを活かす構造改革が中国の安定成長への途

  • ゲスト 大田 弘子 氏
    政策研究大学院大学 教授

その国の持っている強みが存分に活きるような仕組みを作っていくことが構造改革である。中国の強みは大きい消費市場であるが、貧富の格差が大きいと十分その強みは発揮することはできない。今年からスタートした第12次五カ年計画は、消費主導の安定した経済構造に変えていこうというよくできた構造転換のメッセージであり、5年間でこれが実行できれば、中国経済は新しいステージ入りが実現する。また、格差があることへの不満に対し、努力すれば豊かになれるという可能性が開かれた社会の実現が重要である。

第6回 日中関係は「対等」という二文字が大事

  • ゲスト 加藤 嘉一 氏
    コラムニスト

情報発信には経験の力と若い力の両方が必要だと思う。中国は例外を排除しない土壌で、日本よりもフレキシブルであり、若い人間にチャンスを与えている。現在の日中両国は歴史上初めて同じような国力で存在しており、互いに「対等」の意識をもつことが大切。中国の長期的発展にはアメリカ的発展モデルは必ずしも適しておらず、いろいろな問題で米中間の橋渡し役を担うことが出来るのは日本だけである。

第5回 新たな発展過程への切替えを迫られる中国経済

  • ゲスト 渡辺 利夫 氏
    拓殖大学学長

中国は、台湾や韓国、日本と同様に、政府が強いリーダーシップの下産業政策を遂行し、発展が始まった。鄧小平の改革により国有企業が効率的に動き出し、その後の経済発展は日本と異なり外資主導型で進んだ。今後は、外資系企業の民族企業への転換、また成長方式の転換と成長の質の向上が中国経済の安定的成長のポイントである。

第4回 歴史に学ぶ日本の課題と中国とのつきあい方

  • ゲスト 堺屋 太一 氏
    作家、経済評論家

日本は世界の価値革命の潮流を見誤り、対応に失敗し下り坂になった。まだ、厳しい時期が何年か続いてようやく新しい日本を作る気運が出てくるのではないか。
一方、台頭する中国とつきあっていくためには、中国は巨大な国で多様な国であり、またオリジナルを重視する国であることを念頭に、中国の文化、中国の人というものを素から知っておく必要がある。

第3回 中国・日本の中央政府と地方自治

  • ゲスト 麻生 渡 氏
    前福岡県知事、前全国知事会会長

中国・日本の地方自治体間の地道な友好提携は大切である。中国では中央政府が養成した人材を地方に配置するという伝統に根ざした優れた統治システムが機能している。日本は、官僚主導から政治主導への転換があまりうまくいっていない。

第2回 高成長中国の構造的問題とその対応

  • ゲスト 河合 正弘 氏
    アジア開発銀行研究所(ADBI)所長

所得格差や貧富の格差の問題に対して中国はまだまだやれることがある。例えば税制、社会保障、教育や医療への投資。またメディアの力を活かすとともに、司法制度の整備を進めることで環境問題や公害問題に対処できる。

第1回 高度成長期の日本と現代中国

  • ゲスト 宮﨑 勇 氏
    元大和総研理事長(元経済企画庁長官)

中国は高度成長期の日本と似ているが、日本では高度化の過程で所得格差が縮小したが中国では拡大している。しかし当時の日本もけっしてうまくいく事だけではなく、多くの失敗をした。中国は課題の解決に向けて自信を持って良い。

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