東証により高品質な市場創設を-東証プレミアム市場創設の提案-

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2012年05月23日

  • 吉井 一洋
先日の企業会計審議会において、日本証券アナリスト協会の稲野会長から、「投資家から見たIFRS」という表題でプレゼンテーションがあった。プレゼンテーションの内容で目を引いたのは、究極の目標としては、全上場企業に対してIFRS(国際会計基準又は国際財務報告基準)の適用を求めることとする一方で、IFRS採用過程の一つのアイデアとして、IFRS市場と日本基準市場を一時的に区分するという方法が提案された点である。この提案には2つの論点がある。一つは全上場企業にIFRSを適用するか否かという論点であり、もう一つは、IFRSを適用する企業を区分した市場を新たに設けるか否かという論点である。


筆者は、全上場企業にIFRSを適用するか否かについては、直ちに結論を出すのは難しいと考えているが、IFRSを適用する上場企業について市場を区分することは賛成である。市場を区分する方法を用いることで、IFRSについて任意適用でありながら実質的には強制適用という対応もとりうる。例えば、金融商品取引法上はIFRSを任意適用としつつも、区分した新市場への上場維持のためには、IFRSの適用を強制するといったことが可能となる。同一市場の企業であれば、同じ会計基準に基づいての比較が可能となるし、IFRSを適用している海外企業との比較も容易になる。企業会計審議会においても、市場を区分する案に賛同する(あるいは理解を示す)経済界側の委員も存在する。

ただし、米国基準と日本基準が同じ市場で並存してきたことを考えると、会計基準の違いだけで市場を区分するのは難しいと思われる。そこで、会計基準だけでなく、コーポレート・ガバナンス等の要件を加えた新たな市場を設けることを検討してはどうかと考えている。

上場基準は、上場している株式等の商品の品質管理基準と考えられる。昨今不祥事を起こした東証上場企業が上場廃止にならなかったのは、規律違反に対して上場廃止という懲罰を適用するよりも、商品の品質回復が可能と判断して、対象企業に是正・更生を求めるという対応がなされたためと見ることもできる。上場廃止によって最も損害を被るのが株主であるということを考えれば、品質管理的な対応が中心とならざるを得ず、それが柔軟な適用を前提とする「ソフトロー」としての取引所規則の性格にもマッチすると思われる。


これまでの新市場創設は、新しいタイプの企業の上場を促進するために、従来よりも上場基準が緩い市場を設けることを中心としていた。しかし、それにより「上場企業」の品質低下という弊害が出てきていることは否定できない。他方で、東証1部の上場企業についても、PBR1倍以下の企業が7割超を占めている。昨今の不祥事を起こした企業(O社・D社)はいずれも東証1部上場企業である。東証1部だけで上場企業数は1,700社弱で、中には投資家から見て「なぜ上場しているのかわからない」企業もあり、東証1部というブランドが低下しているとの指摘もある。従来とは逆に、より品質が高い(あるいは国際的に見て遜色のない)と思われる上場企業を対象とした市場を設けることには、市場のブランドを向上させるという点で、意義があるのではないかと思われる。


仮に新市場(ここでは名称を「東証プレミアム市場」としておく)を設けるとした場合、その上場の要件については、十分な検討が必要だが、例えば、下記の要件が考えられる。
◇会計基準:IFRS(又は米国基準)を適用
◇コーポレート・ガバナンス:独立取締役を2名以上設置する、親会社や支配株主は存在しない、など。
◇電磁的方法による議決権行使の導入、議決権電子行使プラットフォームへの参加、招集通知(要約)の英訳での提供など、議決権行使を容易にするための環境整備を実施している。

さらに、上記以外に業績に関する要件(3年連続赤字の場合、中期経営計画とのかい離があまりにも大きい場合などは同市場から退出など)を追加することも考えられる。

市場の創設と共に、新たに「東証プレミアム指数」(仮称)を設けることも考えられる。


ここでいうIFRSは、一部の基準をカーブアウトした日本版のIFRSによることも考えられる。IFRSだけでなく、米国基準も認めれば、対応できる上場企業は増加する。ただし、米国監査法人の監査を受けていない企業まで対象として認めていいかという問題はある。

コーポレート・ガバナンスについては、上場会社コーポレート・ガバナンス原則で例示された、取締役会の1/3から1/2が社外取締役である、1名又は複数の社外取締役と社外監査役の連携といった形態なども考えられるが、「会社法制の見直しに関する中間試案」にも論点として示されているように、単に「社外」ということではなく「独立性」を重視すべきではないかと思われる。東証上場企業は既に1名以上の独立役員(取締役・監査役)の選任が義務付けられており、さらに2012年5月に改正された新しい東証の上場規程では、独立取締役の選任を努力義務として求めている(ように読める)ことを考えれば、決して高いハードルではないと思われる。委員会設置会社(社外取締役は、少なくとも2名選任)は50社存在しており、上記「中間試案」で提案された監査委員会設置会社(監査役を廃止し監査委員会を設置。監査委員は取締役で最低2名以上は社外取締役。現在の社外監査役の転換可能)が導入されれば、社外取締役の独立性を高めることで対応は可能であろう。

議決権行使をするための環境整備は、企業行動規範の中で望まれる事項として対応が求められている項目である。

ちなみに、会計基準以外の要件(業績要件を除く)で検索すると、150社程度の企業が上記の要件を満たしている。


新市場を設けるということは決して容易ではないと思われるが、市場に刺激を与え活性化を促す意味でも、検討してみてはいかがであろうか。

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